<前のページへ  
 

初恋 ( 2 / 7 )



「望美は本当に譲殿が好きなのね」

朔に声をかけられて、不器用な繕い物の手を止める。

戦闘に出られなくなった私に付き添うため、彼女も毎日邸で過ごしていた。

「やさ…しいから…」

勝手に赤くなる頬を隠しようもなく、私は俯いた。

あの日以来、私は常に彼の姿を追い、一緒にいられる間は片時もそばを離れなくなっていた。

幸い、彼に迷惑がられることはなく、周りの人たちもそれを止めはしなかった。

「そうね。譲殿は、あなたがこうなる前から、とっても優しかったものね」

謳うように言うと、朔は立ち上がった。

「九郎殿や兄上には悪いけど、私、少しほっとしているのよ」

「え?」

縫い上がった小袖を私の背にフワリとかける。




「ああ、やっぱり似合うわ」

そう言うと朔は私の髪に触れ、束ねて少し上に持ち上げた。

「この小袖の色に合わせて、髪にも花を飾りましょう。とってもきれいになるわよ、望美」

戦装束と、単くらいしか持っていなかった私に、「邸で過ごす時間が長くなってきたのだから」と、朔が小袖を縫ってくれたのだ。

記憶を失っていても、私の「対」だという彼女の温かい気持ちはまっすぐに伝わってくる。

そして、彼女にこんなにも気遣ってもらえる「望美」という存在が、少し羨ましくもなる。

戦うことも、家事をすることも、何一つ満足にできない今の私に、大切にしてもらう価値などないのだから。

そう。

私は日々、「望美」の存在を重荷に感じるようになっていた。


* * *


一瞬、息が止まった。

艶やかな春色の小袖と、結い上げた髪、そこに挿された春の花々。

板戸の影から顔を出す先輩はものすごく恥ずかしそうで、今にも走り去ってしまいそうだった。

「…きれいですね…。とてもよく似合います」

俺は、ようやく声を出すことができた。




八葉の仲間と邸に帰ってくると、いつも真っ先に顔を出す先輩の姿が見えなかった。

朔は「今、ちょっと手が離せないらしいの」と、意味ありげに答える。

体調が悪いわけではなさそうなので、俺は着替えのため部屋に戻った。

普段着を身に着け、先輩を捜しに行こうと立ち上がったとき、「お帰りなさい」と、小さな声が聞こえた。

(先輩…?)

部屋を見回すと、隣室に続く戸が少し開いていて、その隙間から赤い顔をした先輩が覗いていた。春色の小袖と花を身にまとって。




「さ…朔が縫ってくれたの…。でも、花まで飾られちゃったから、何か恥ずかしくて」

戸の影に隠れようとするのを、そっと手を引いて部屋の中に導く。

「……本当にきれいです」

先輩はますます赤くなって、俯いてしまった。

「ゆ…譲さんにだけは見せたくて…」

「……!…」

ぬくもりにのぼせかけた胸が、その瞬間温度を失う。

先輩も気づいたらしい。

「…譲…さん……?」

不安そうな瞳を向けてきた。




「恥ずかしがることなんてありませんよ、望美さん。さあ……みんなにも見せてあげないと」

できるだけ優しく言ったつもりだった。

だが、多少の苦々しさがこもっていたのだろう。

彼女の顔に失望が広がる。

「いえ……別にいいの」

「そんな。俺が独り占めしたら、みんなに怒られますよ」

一瞬、彼女が目を見開き、やがて、静かに目を伏せた。

「…そう……じゃあ……」

軽く握ったままだった俺の手をほどき、心ここにあらずといった様子で広間のほうに向かっていく。

あそこにはヒノエも、弁慶さんもいる。

きっと、彼女の心を浮き立たせるような言葉をかけてくれるはずだ。

俺は、祈るような気持ちで後ろ姿を見送った。



 

 
<前のページ