初恋 (1 / 7)



「よかった…! 目を覚ましてくれて…」

びっくりするほど優しい瞳が私を見ていた。

周りにはほかの人もいたけれど、ひと際温かいその眼差しに惹き付けられた。

そして、頭に最初に浮かんだ疑問を口に出す。

「…あなたは…誰ですか?」

ゆっくりと、彼の表情が凍っていった。




私は春日望美という名前らしい。

あの日、私の一言でその場は大混乱に陥った。

私は、その部屋にいた人たち(1人以外は男性ばかり)と一緒に怨霊と戦っていて、攻撃を受け気絶し、ここに運ばれたのだという。

怨霊と戦う?

よくわからないが、私も、もう一人の女性も、特に武芸に秀でているようには見えない。

なぜ、わざわざ男性たちとともに戦っているのか、さっぱり理解できなかった。




私のことを気遣いながらも、明日からの戦いに頭を悩ませる人たちの中で、ただ一人、あの、最初に私を見つめていた男性だけがそばにいてくれた。

彼は、戦いの行く末よりも私のことが心配らしい。

「大丈夫ですよ。今はショックで記憶が混乱しているだけでしょう。ゆっくり休んで、疲れを取れば、きっとちゃんと思い出せますよ」

途方に暮れている私の目を覗き込みながら、優しく微笑む。

「何があっても俺があなたを守りますから、心配しないでください」

その、あまりにまっすぐな言葉が胸に飛び込んできて、私は気づくと彼にすがって泣いていた。

自分が誰なのか分からない恐怖。

何も頼るもののない暗闇の中で、彼は私の一筋の光だった。


* * *


こんなに先輩が頼りなく見えたのは初めてだった。

最初、昏睡から覚めて目を開けた時は、いつものちょっと寝ぼけた先輩で、俺は安堵の溜め息をもらした。

ところが、きょとんとしたまま俺を見て、言った言葉は

「…あなたは…誰ですか?」

スーッと心臓が冷えていく気がした。




弁慶さんがいくつか問診し、兄さんや朔が声をかけている間も、先輩はあまり表情を変えなかった。

淡々と質問に答え、話に耳を傾けている。

みんなが事態を把握し、明日からの対策を話し合い始めると、俺はそっと隣に座った。

先輩が不思議そうに見つめる。

多分、まだ自分の身に起きたことに実感がないんだろう。

それが痛々しくて、辛くて、俺はいつも言い慣れている言葉を口にした。

「何があっても俺があなたを守りますから、心配しないでください」

突然、堰が切れた。




いきなり胸の中に飛び込んで来た小さな肩は、恐怖に震えていた。

必死ですがる手も、とめどなく溢れる大粒の涙も、耐え難い不安を訴えているようで、俺は思わず背中に手を回し、抱き締めていた。

八葉のみんなが息を呑んで見つめている。

おそらく誰もが初めて目にする先輩の姿。




朔と景時さんが慌てて人払いをして、

「何かあったら呼んでね」

という言葉とともに、隣室に下がっていった。

俺は泣き続ける先輩の背中をそっとさすりながら、

「大丈夫です」

「俺がついています」

「心配しないで」

「あなたをひとりにはしません」

と、思いつく限りの言葉を囁き続けた。