花びらの中で2 ( 1 / 2 )
忍人の様子が尋常でないことに、気づいてはいた。
破魂刀がもたらす災い……
俺も、既定伝説を知る柊も、予想がつかなかった訳ではない。
だが、当の忍人がそのことを決して口に出さず、限られた時間を千尋に捧げたいと望んでいたので、俺たちはいつもと変わらぬ態度で接した。
出逢ってからの長い年月、忍人がわがままを言うのを見たことがない。
彼が強引に何かを進めようとするときには、必ず「誰かのため」という理由が隠れていた。
今回は明らかに千尋のため。
自分の価値に無頓着な彼は、それが千尋をどれだけ打ちのめすか気づいていないのだ。
だが……。
あえて止めようとは思わなかった。
これは忍人の、最初で最後のわがまま。
ならば俺たちは、全力でそれを受け止めようと………
……思っていた。
花びらの中に横たわる彼を見つけるまでは………。
「忍人!!」
「忍人!? どうしたのです?!」
同時に駆け寄った俺と柊は、その声がもう彼に届かないことを知った。
彼の周りに倒れている骸の数から、相当に激しい戦闘だったとわかる。
抱き起こした俺の手を、忍人の血が真っ赤に染めた。
まだ温かいその身体を、無言で抱きしめる。
忍人の表情は、これまで見たことがないほど穏やかだった。
傍らで肩を震わせる柊。
こらえようもなく、頬を涙が滑り落ちる。
破魂刀で痛めつけられた身体は、それでもまだしばらくは持ちこたえられるはずだった。
来るべき日はもう少し遠いと、俺も柊も信じていたのだ。
黄泉路で彼に代償を求めた荒魂は、こんなにも執拗に彼の命を狙い続けていたのだろうか。
「………千尋に……告げなければ……」
式典の終わりを告げる歓声を聞きながら、俺は言った。
「! …せめて今日は……」
「式典が終わり次第、千尋は忍人を探しにくるでしょう。隠すことなどできません…!」
柊が息を呑むのがわかった。
俺も、自分の言葉に打ちのめされる。
だが、これを彼女に告げるのは俺の役目だ。
「身体を清めて、部屋に寝かせてやってください」
無言のまま見送る柊を背に、俺は千尋の元に向かった。
* * *
式典の余韻が残る宮の舞台の奥。
釆女たちに式典の装束を解かれながら、キョロキョロと周りを見回している千尋が目に入った。
「…千尋」
「風早!」
ようやく知った顔を見つけて、安心したように微笑む。
「ちょっと待っててね、もうすぐで終わるから」
「…慌てなくても大丈夫ですよ」
自分の声が穏やかなことが信じられなかった。
重い装飾品を外し終わり、釆女たちに礼を言うと、小走りに近づいてくる。
「ねえ風早、忍人さんを見なかった? 会場にいたのかもしれないけど、見つけられなくて」
「…………」
さすがに言葉が出なかった。
千尋が俺の頬に触れ、不思議そうに尋ねる。
「…風早…? 泣いたの?」
「千尋……」
必死に努力して、ようやく微笑みらしいものを浮かべた。
「…少し時間をもらえますか?」
「それはいいけど」
それ以上言葉を継げず、黙って彼女の手を取る。
「風早?」
「こちらへ……」
二人で辿る回廊が、永遠に続けばいい。
この先にある光景を彼女に見せたくない。
俺の頭の中は、そんな思いでいっぱいだった。
「…あ…」
突然、千尋が立ち止まる。
「…あの、風早」
「…はい?」
「今日の午後、ちょっとだけ時間をもらってもいいかな」
少し照れたように俺を見つめる。
「……午後?」
「…桜を見に行きたいの。式典の前に、忍人さんと約束したから」
いっそ、今この瞬間、世界が終わってくれたほうがいい。
「……風早…! 大丈夫? 真っ青だよ?」
さすがに動揺を隠しきれなかったらしい。
千尋が俺の両腕をつかんで、必死で問いかけてきた。
答える言葉などない。
「……その…返事はまた、後でいいですか…」
「うん。本当に大丈夫? どこかで休む?」
「いえ……もう……そこですから……」
「え……」
そのとき、柊が回廊に静かに姿を現した。
俺の目を見て無言でうなずく。
もう一度千尋の手を取り、ゆっくりと歩き出した。
「あれ、柊」
「どうぞ奥へ…」
あの鉄面皮が、これまで見たことがないほど優しい顔で千尋を見つめている。
「…奥って」
一歩、また一歩と入り口が近づく。
「……ここ……忍人さんの……?」
暗い室内へと、足を踏み入れた。
静かな部屋には香が立ちこめ、春の野花が飾られていた。
その奥に横たわる忍人は、今にも目を覚ましそうで、千尋も最初は眠っていると思ったらしい。
「忍人さん、どうし……?!」
寝台に駆け寄り、頬に触れたところで、彼女の動きが止まった。
沈黙。
ゆっくりと、千尋が床に座り込む。
「……忍人……さん………?……」
春の風が花びらを一枚、ひらひらと寝台の上に落とした。
……遠くで、式典から帰る人々のさざめきが聞こえた。
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