踏み出した一歩 ( 3 / 3 )
「あかねさん」
「……ごめんなさい」
自己嫌悪でうつむく私の手を、鷹通さんが両手でそっと包む。
「……もし……私があの世界にあなたをとどめていたら……きっと同じように感じたのでしょうね」
「え……?」
意外な言葉に再び顔を上げた。
鷹通さんは、少し哀しそうな顔で言葉を続ける。
「天真殿や詩紋殿、蘭殿が元の世界に帰られて、あなたが一人、私のそばに残ってくださったら……おそらく私は今のあなた以上に、過敏になっていたでしょう。
あなたが空を見上げれば、もう帰れない世界を思っていらっしゃるのだと心を痛め、自由に外出したり、軽快な服装で過ごしたりできないのを見れば、私のわがままのせいだと自分を責め……」
「そ! そんなことありません!! 私はあの世界に残っても、鷹通さんのそばにいられれば幸せでした! 大事なのは一緒にいることで、いる場所なんかじゃなくて…!」
突然ギュウッと抱きしめられた。
前髪越しに、鷹通さんの声が降ってくる。
「私も同じですよ、あかねさん。今のあなたの気持ちが、私の気持ちです」
「!!」
「おわかりいただけますか?」
「で、でも、私みたいな何の取り柄もない子のために、生まれた世界を捨てて……鷹通さんは平気なの…?」
ポロポロと涙がこぼれ出す。
「あなたは、私などのためにご自分の世界を捨てても平気なのですか?」
長い指で私の涙を拭いながら鷹通さんが尋ねる。
「わ……私……は、鷹通さんがいれば……」
「ええ、私もあかねさんがいれば、ほかに何もいりません」
涙で曇った目で、彼の顔を見上げた。
「鷹通さん……」
「私の今の気持ちは、あなたが一番よくご存じです」
「鷹通さんっ……!!」
鷹通さんの広い胸にしがみついて、これまで感じ続けていた罪悪感を全部洗い流すように、私は泣いた。
ときどきもらす言葉に、鷹通さんは丁寧に、優しく応えてくれる。
「怖くて」
「何も恐れることはありません」
「一番大切な人を不幸にしてしまうのではないかと、辛くて」
「あなたのそばで、私がどうして不幸になるのでしょう」
心の中のわだかまりを、一つひとつ融かしていく穏やかな声。
確かに、私があの世界に残っていたら、鷹通さんに不安など抱いてほしくない。
心から笑って、心から幸せを感じているのだと、信じてほしい。
「……だからあかねさん、あなたはいつも笑っていてください」
「鷹通さん……」
「私はこんなにも幸せなのですから。こんなに近くであなたを感じ、あなたの声を聞ける。私はあなたを……愛しているのですから」
「……!」
胸がいっぱいになって、私はただ頷き続ける。
うなじにそっと手を添えると、鷹通さんは啄むように唇を重ねた。
愛する人に触れられ、温かさを伝え合える喜び。
そこには、時空など関係ない。
「……明日……詩紋くんに謝らなきゃ……」
キスの後、鷹通さんの腕の中で私はつぶやいた。
「大丈夫、詩紋殿はあなたの気持ちはおわかりですよ」
「そうかもしれないけど、やっぱり謝ります。もちろん、天真くんにも。みんな鷹通さんのこと支えてくれているんだから」
「! 彼らが支えているのは……」
「……?」
途絶えた言葉の先を視線で促す。
鷹通さんは少し沈黙してから、いたずらっぽく笑った。
「……いえ。そういうことにしておきましょう」
「?」
もう一度引き寄せられて、今度はなぜか長~いキスをされた。
あなたがそばにいるから、こうしてお互いのぬくもりを感じることができる。
最初はぎこちないかもしれないけれど、少しずつ、少しずつ、この幸福に慣れていこう。
短くなった鷹通さんの髪を指でそっと辿りながら、私はそう考えていた。
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