踏み出した一歩 ( 1 / 3 )

 



銀色のハサミが日差しに煌めいた。

それが私には何だかギロチンの刃のように見えて、もう一度同じ問いを口に出す。

「本当に切っちゃうんですか?」

「……あかねさん」




美容院の真ん中。

小さな子供でもないのに、さっきから鏡の前に座る鷹通さんの横にぴったり張り付いている私は、かなり悪目立ちしていた。

「だって……」

しかも半べそ。

見かねた美容院の店長が口を出す。

「……確かにきれいな長髪だから。何ならエクステンションを作るのに、持ち帰りますか?」

「エクス……?」

言葉の意味がわからない鷹通さんの横で、私は大きく頷いていた。

「はい! お願いします!!」

そして、その瞬間をどうしても見ていられなくて、受付前のベンチに引っ込み、俯いた。



* * *



「……お待たせいたしました」

どのくらい時間がたったのか、鷹通さんの声が頭上でした。

おそるおそる顔を上げる。

「……いかがですか?」

ちょっと心細そうな、でも優しい微笑み。

「……!!」

「? あかねさん?」

カーッと顔が赤くなるのがわかった。

店内の女性客や女性の美容師さんが、こちらをチラチラと見ている。




「……鷹通さんって…」

「はい?」

表情が不安げになる。

「……本当にハンサムだったんですね……!」

「ハン…?」

現代的な髪型に変えた鷹通さんは、誰がどこから見ても最上級の「イケメン」だった。

「あの、それはどういう……?」

「はい、切った髪の毛、包んでおきましたよ」

店長が包みを渡してくれた。

そして、顔なじみの私にウインクしながら

「あかねちゃん、こんなかっこいい彼氏、いつの間につくったの?」

と尋ねる。

「え? そ?」

私は答えに窮して、ただただ赤くなった。




会計を済ませ、街を歩き出してから鷹通さんはあらためて尋ねる。

「……あかねさん、その、私はみっともないというわけではないのでしょうか」

周りの人が思わず振り返り、鷹通さんを見て驚くのがわかった。

首を大きく左右に振って、私は答える。

「とっても素敵です! さっき初めて見たときも、思わず見とれちゃいました」

「……あなたはお優しい方ですね」

私の言葉を慰めと取ったのか、少し照れたように微笑む。

周りの視線が、刺すように鋭くなったのを感じた。

(すみません、この人、自分の価値をいまいちわかってないんです…)

何だか謝って回りたい気分だった。




「でも、私のせいであんなにきれいな髪を切るはめになっちゃって……。本当にごめんなさい」

手の中の包みを見ながらつぶやく。

初めて会ったとき、肩口からさらさらとこぼれる黒髪に目を奪われたものだ。

京での雅な直衣姿、蝙蝠(かわほり)や立て烏帽子の似合うこの人を、私の想いだけでまったく違う世界に連れてきてしまった。

その事実はいつでも、私の胸をキリキリと締め上げる。




「……そういえば、あのとき男性の方がおっしゃっていた『エクス……』とは、何のことですか」

私の手から包みを受け取って、鷹通さんが尋ねた。

「『エクステンション』です。ええと、髢(かもじ)……かな」

「髢? けれど私には不要ですよ」

鷹通さんが不思議そうに言う。

「わ、私が付けます。髪、短いし、着物着るときとかに……」

くすっと笑うと、私の髪に触れた。




「あかねさんは、ご自分の髪にあまり触れたことがないのですか?」

「え?」

鷹通さんは、指で優しく髪を梳く。

「私などよりはるかに柔らかくて、美しい髪をしていらっしゃいます。この髪には合いませんよ」

「そんなこと……!」

抗弁しようとして、彼の真剣な眼に気づく。

「あなたが私の髪を惜しんでくださることはとてもうれしく思います。けれど、私が何かを手放すたびに、あなたが心を痛める必要はないのです。どうかそのようなことはおやめください」




大きな手のひらが、なだめるように私の頬を包んだ。

「……でも」

「あなたが今、私のそばにいてくださる。それが、私が望んだすべてです。ほかに惜しむものなどありません」

「鷹通さん……」

   「何? 駆け落ち?」

   「でもまだ若い子たちよね」

   「なんか、イケメンの男の子のほうが惚れてるみたい」

   「まったく近頃の高校生は…」

   「え? ドラマの撮影じゃないの?」

「「……………」」

気づくと、私たちの周りには人垣ができていた。

確かに、モデルか俳優並みのハンサムが、平凡な女子高生に熱い視線を注いでいるのだ。

目立たないわけがない。




「た、鷹通さん、とにかく家に戻りましょう」

先ほどまでとは違う意味で、顔が真っ赤になる。

「そうですね。いったいどうしたというのでしょう」

のんびりと不思議そうに呟く彼の手を取ると、私は猛スピードで人だかりから離脱した。

一度も後ろを振り返らずに。