当たり前のこと ( 7 / 7 )
一度言葉を途切れさせ、少し頬を染める。
「先輩が…兄さんからかばってくれたんですよ。
そうしたら、『女より弱い譲は明日からスカートはけ!』とか言われて、悔しくて…」
「あ~…なんか、その手のケンカは山ほどあったような…」
子供の頃の一年の体格差は大きい。
2人の背があまり変わらなくなるまで、似たようなケンカが続いていた。
「あのとき、先輩を守ってもいいって約束してくれたでしょう。
…すごくうれしかった」
「…そんな……」
自分の顔が赤くなるのがわかった。
譲くん、そんなことまで覚えていたんだ。
「あなたが目を醒ましてくれて、本当によかった」
急に声が真剣になる。
譲くんは私をまっすぐ見つめていた。
「あなたが生きて、ここにいてくれるのが俺の最大の望みです。
それ以上のことなんて望まない。
だから……あのときの約束を俺に守らせてください」
「譲くん…」
「お願いします」
この人は、本当に私のことを大切に想ってくれている。
彼の目を見ながらそう強く感じた。
それはとても深くて、温かい想い。
「あの…ね。私が目を醒ましたとき」
思い切って問い掛けてみる。
「はい?」
「キスした?」
「えっ?!」
ばーっとすごい勢いで譲くんが赤くなった。
見ている私も一緒に赤くなる。
「あ、あの、ぼんやりしててよく覚えてないんだけど、き、気のせいだったら」
「い、いえ、き、気のせいではなくて」
「すみませんッ!!!」と、いきなり大きな声で言われてびっくりした。
「俺、動転していて、あまりにうれしくて、何が何だかわからなくなって、つい、で、でも先輩は覚えていないみたいだから、お、俺なんかが先輩の…た、多分ファーストキスの相手になっちゃまずいだろうと思って、黙ってたんです、すみません! 本当にすみません!!!」
こっちがオロオロとしてしまうほどすごい勢いで謝られて、私は言葉を失った。
「あ~!! 俺、どうやって謝れば…!!」
頭をかきむしって苦悩する譲くんを見るうち、つい噴き出してしまう。
「先輩…?!」
「大丈夫だよ、謝らなくても」
クスクスと笑いながら言う。
「あの~、確かにファーストキスだったけど、譲くんが相手ならいいよ」
「え?」
ハトが豆鉄砲を食らったような顔を見て、愛しさが溢れそうになる。
私はそっと、広い胸に顔を寄せた。
譲くんは硬直したまま。
「譲くんにしかしてほしくない」
「せ……」
「…でもね」
真っ赤な耳元に顔を近づけて囁く。
「早過ぎて何だかわからなかったから、セカンドキスはゆっくりしてね」
「せんぱ…!!」
すぐさまそれが実行に移されたことは言うまでもない。
* * *
いつもそばにいてくれて、いつも見守ってくれて、ありったけの愛情で包んでくれるとても大切な人。
時空を超えてやっと、「当たり前」を「特別」に感じられるようになった。
これから繰り返される「特別」な日々。
ずっと彼と一緒に歩いていこうと、私は心の中で誓った。
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