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朝夷奈再訪 ( 4 / 4 )

 



あの時期---望美をかばって死ぬ夢を見続けていたころ、自分が死ぬことよりも、望美のそばにいられなくなることのほうが辛かった。

誰かが望美の傍らで笑顔を独り占めする。

明るい声で呼びかけられ、輝く瞳で見つめられる。

自分がいなくなった世界で、そんなことが起きるのが耐えられなかった。

だが、望美を失うという選択肢はあり得なかったから…。

(俺はああいう形で死ぬことで、先輩の中に自分という存在を刻み付けたかったのかもしれない)

ギリギリまで追いつめられた精神状態で、はたしてそこまで頭が回っていたかはわからない。

だが、恋が成就しないなら、せめて忘れられない存在になりたいと……多分そう思っていた。

望美にとって、それがどれだけ残酷な仕打ちか、気づきもせずに。




「先輩、もう泣かないでください」

穏やかな、優しい声で呼びかける。

「俺は今、ここにいます。あなたが、悲しみや苦難を乗り越えて救ってくれたから。あなたとともに生きる道を拓いてくれたから。だから、今、ここにいる俺を見てください」

「……!…」

涙で濡れた顔を、望美がようやく上げる。

その瞳をまっすぐに見つめながら、譲は言った。

「どんな時空の、どんな俺に聞いても答えは同じはずです。俺はあなたが誰よりも、何よりも大切で、あなたにいつでも笑っていてほしい。先輩が救えなかったもう一人の俺も、必ずそう思っています」

新たな雫が望美の両目から零れ落ちた。




言葉を発しようとしてかなわず、望美は譲の胸に顔を埋める。

そして、切れ切れに訴えた。

「わ、私が笑うためには……ゆ、譲くんがそばにいないと……駄目なんだからね…。絶対に…駄目なんだからね…」

「はい…」

穏やかに譲が答える。

「もし、またあんなことがあったら、私……二度と笑ったりできない。ずっとずっと泣き暮らす…」

「決してそんなことさせません」

胸元にすがる望美の涙が乾くまで、譲は何度も何度も同じ答えを繰り返した。



* * *



ガタゴトと電車が揺れる。

民家のすぐ軒先を、江の電が走り抜ける。

譲の肩にもたれかかり、望美は熟睡していた。

(さすがに疲れたんだろうな)

その寝顔を見ながら、譲は思う。

今日、望美が朝夷奈に行った目的。

それは、ずっと口に出せずにいた辛い思い出を譲に伝え、懺悔することだったのだろう。

別の時空での出来事など、黙っていれば永久にわからないのに、望美は譲と正面から向き合いたくて、あえて口に出した。

(先輩らしい……)

頬にかすかに残る涙の跡を、指でそっとたどる。




もっと大人になろう、と譲は思った。

独りよがりのヒロイズムでわが身を犠牲にしても、望美は決して幸福にならない。

愛する人の笑顔を守りたいなら、ともに生き延びる道を探らなければ。

「ん……」

賛成するように、望美が呟いた。

その寝顔を見守りながら、遠い時空で命を落としたもう一人の自分に呼びかける。

(先輩は、きみのことをきっと絶対に忘れない。彼女が本当に愛したのは、きみなのだから。俺はきみが切り拓いてくれた道を、先輩とともに歩いていく。きみが何よりも望んだ、先輩の笑顔を守るために)




ガタンゴトンと、電車の速度が徐々に緩やかになる。

もうすぐ極楽寺駅。

譲は無心に眠る望美の耳元にそっと囁く。

「先輩、もうすぐ駅ですよ。一緒に家に帰りましょう」

長い睫毛が数度震え、やがて、満月のように輝く瞳が姿を現した。





 

 
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