蒼い流星 ( 2 / 2 )
「……飛びにくい」
「すまない。だが、これがギリギリの妥協点だ」
そう言う忍人の片腕は、カリガネの首に回されていた。
一方、カリガネの片腕は忍人の腰に回されている。
千尋が見たら「何? 二人三脚?」と言いそうな格好で、二人は空を移動していた。
「これではあまり早く飛べない」
「目的地の手前で下ろしてもかまわん。
あとは自分の足で移動する」
「……時間の無駄、だな」
「…………」
もともと無口な二人は、普段よりもさらに黙り込んで残りの距離を進んだ。
* * *
降り積もった落ち葉。
時折、天井から水が滴り落ちてくる。
それを器用によけながら、忍人は洞窟内を隅々まで調べた。
反対側では、カリガネが同様の作業をしている。
「……どうやら、人が立ち入った形跡はないようだな」
屈めていた腰を伸ばすと、忍人は言った。
「……無駄足だったか」
うつむきがちにカリガネがつぶやく。
「無駄ではない。
安全だと確認できたのは一つの成果だ」
「…………」
二人は暗い洞窟の中から、その前にせり出す崖の上へと踏み出した。
木々の枝が重なって作り出す天然の天蓋の隙間から、青い空が見える。
「ほう。ここからは街道も見渡せるんだな。
常世が気づいていないのは幸運……」
忍人が急に口をつぐんだので、カリガネはその視線の先を追った。
遙か下方の街道に、人影がいくつか見える。
陽の光を反射して、風にそよぐ髪がまぶしく輝いた。
「……二ノ姫?」
「君の相棒の行方もわかったな」
千尋の横を、赤い髪の青年が見事な翼をたたんで歩いている。
彼があえて歩いているのは、もう一人、柊がともにいるからだろう。
「「…………」」
二人はしばらく黙って、眼下の一行を見つめていた。
「カリガ……」と、声を掛けようとして、忍人はカリガネが自分の何倍も怒っていることに気づく。
蒼い怒気が揺らめくように立ち上っていた。
「……今夜は……卵料理だ……」
(? それでも料理を作ってやるのか)
「忍人、これで任務は終了か」
「ああ、おかげで助かった。帰りも……苦労をかけるが」
「問題ない。あそこの男ほど苦労はかけていない」
「……だといいが」
二人が崖を離れようとした時、急に空が曇り、一陣の生臭い風が吹き抜けた。
「「!」」
これまでの戦いで嫌というほど味わってきた気配。
禍々しい荒魂の接近が目や耳よりも先に皮膚で感じられた。
「どこだ? この山か?」
「いや、そこまで近くはない。これはまさか……」
カリガネが街道に視線を移すのと、忍人が剣を抜くのはほぼ同時だった。
「姫たちの行く先に待ち構えている!
くそ、駆け下りるには距離がありすぎるな」
「忍人、しばらく我慢しろ」
「わかっている! 手段など問わん!」
カリガネは忍人の腕を取り、無言で空中に滑り出した。
「……鳥……でしょうか?」
陽光が翳ったのに気づいて、柊は空を見上げた。
少し先をサザキとともに歩いてた千尋は、ふと立ち止まる。
「どうした? 姫さん。何かあったか?」
「ううん。風向きが変わったなあって思って……」
草原を風が渡っていく。
これまで背中に風を受けていた三人は、いきなり吹き始めた向かい風を手で遮った。
「「「!!」」」
確かな気配。
「さ、サザキ! これ……!!」
「くそ、荒魂か! 近……!!」
言葉が終わらないうちに、前方の岩陰から複数の影が覆いかぶさってきた。
「キャ……!!」
「伏せろ! 二ノ姫っ!!」
一瞬、黄金の光が閃き、目の前の荒魂がドウ!ともんどり切って倒れる。
「!?」
「早く下がれ! ここは俺たちが引き受ける!!」
「サザキ、姫を奥に! 敵は火属性だ」
「忍人! カリガネ? いったいどこから……?!」
「下がりましょう、サザキ。我が君をお守りするのです」
千尋とサザキ、柊が後方に下がると同時に、忍人は地を蹴って荒魂の群れに斬り込んだ。
カリガネの繰り出すカタリヤが、鋭く唸って宙を切る。
「天鹿児弓!!」
千尋の手に白亜の弓が握られると、後は全員が一丸となって荒魂との戦いに専心した。
* * *
「……そうですね、まるで天の御使いに抱かれた高貴な姫君のごとき姿でした」
「柊っ!! 貴様、斬り殺されたいかっ!!」
一行の中でただ一人、カリガネにお姫様抱っこされて急降下してくる忍人を目撃した柊は、うっとりと微笑む。
「ああ、我が君をお守りする使命さえなければ、あのような光景を目にするために命を賭けるのも悪くないですね」
「!!!!」
「まあまあ、落ち着けよ、忍人。
カリガネだって野郎なんか運ぶのは気が進まなかったんだからよ」
サザキが笑いをこらえながら、二人の間に割って入った。
が、それが火に油を注ぐ。
「私はサザキの尻拭いをすることのほうが気が進まない」
「サザキ、すべての発端は自分だということをわかっていないのか」
二人の「蒼い人」に腕組みされて睨みつけられて、サザキは小さくなるしかなかった。
「だから〜〜悪かったって言ってるじゃねえか〜〜」
「でも、すごい攻撃方法ですよね!
忍人さんがあんな風に上空から襲ってきたら、かなう人なんていませんよ!」
千尋がキラキラと瞳を輝かせながら微笑むと、
「姫、悪いがあれが最初で最後だ。おかしな期待はしないでくれ」
と、忍人が微妙に視線を逸らしながら言った。
「え〜! 残念!!」
「忍人、よろしいではないですか」
「無責任なことを言うな、柊! カリガネとて、迷惑だろう」
「……私は別に…………」
「「「「…………………」」」」
「……カリガネ?」
サザキがためらいながら促すと、カリガネの能面のごとき表情が微かにほころんだ。
「……少し……楽しかった………」
「「「「………………………………………」」」」
* * *
その後、柊が立てる作戦には、必ずと言っていいほど忍人とカリガネによる奇襲攻撃が組み入れられた。
忍人が、毎回激怒したことは言うまでもない。
一方、常世軍は、いつどこから襲ってくるかわからない翼と双剣をもつ中つ国の戦士を、「蒼い流星」と呼んで恐れたという……。
|