Sweet White Day ( 3 / 3 )
「こっちがサボテンのはちみつ、こっちがレモンのはちみつ。イタリアのシチリア島で名人が集めた蜜なんだって。そのまま食べても、お菓子や料理に使ってもいいんだよ」
「……そうか、花の種類が変われば、蜜の味も当然違いますからね。今まであまり考えたことなかったけど」
「でしょ?」と、望美が得意げに微笑む。
「先輩はこれ、味見したんですか?」
「ううん。私は譲くんが何か作ってくれた時に味見するよ」
ちゃっかりした答えに、譲の頬も緩んだ。
「せっかくですから、ちょっと行儀が悪いけど」
と瓶の蓋を開け、差し出す。
「試してみてください」
「だ、だめだよ! これは譲くんへのプレゼントなんだから」
(? 俺が作ったお菓子ならいいのか……)
望美の不思議な理屈に心の中で首をひねりながら、譲は指で軽く蜜をすくった。
唇に運ぶと、軽く爽やかな甘みが広がる。
「……ああ……これはおいしいですね」
「本当?」
覗き込む望美の唇に、そっと指をあてる。
「あ…」
「お裾分けです」
望美は少しためらった後、ぱくんと譲の指を口に含んだ。
途端に笑顔になる。
「…本当だ…おいしい〜〜!」
「俺の指まで食べないでくださいよ」
「食べないよ〜!」
笑いながら歩いているうちに、家が近づいてきた。
はちみつの瓶を大事にしまうと、譲が言う。
「これ、明日のホワイトデーに、俺からのお返しを作るのに使わせてもらいますね」
「お返し? だって私、結局何もあげられなかったよ」
不思議そうに尋ねる望美に、
「もらいましたよ。すごく甘いもの」
と、囁いた。
「…!!」
ようやく意味がわかった望美が、真っ赤になる。
「俺にはどんなチョコより、うれしかったです」
譲に微笑まれて、どうしていいかわからなくなる。
家は目の前。
「ゆ、譲くん」
うわずった声で言う。
「はい?」
「今日は探してくれて……送ってくれてありがとう。それで…、もう1回はちみつ味見してもいいかな」
「? ええ」
瓶を取り出そうと、譲が下を向いた。
その顔を両手でくいっと持ち上げ、素早く唇を重ねる。
「!! せ…!!」
今度は譲が真っ赤になる。
それをロクに見もせず
「やっぱりおいしかった! おやすみなさい!!」
と、望美は玄関に駆け込んだ。
突然の出来事に、譲はしばらく立ちすくんでいたが、望美の精一杯の贈り物だったのだとわかって次第に幸せな気分に包まれてくる。
「…まったく……あなたには本当にかなわない…」
そう呟いた顔は、この上なく幸福そうだった。
* * *
「は…腹へって死ぬ……」
「駄目よ、将臣。望美ちゃんが無事に帰ってくるまで、あんたも我慢しなさい」
おあずけを食らった兄は、弟が玄関先で長々と幸せに浸っていることなど知るよしもなかった…。
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