Sweet White Day ( 2 / 3 )
夢中で放り出した自転車を立て直しながら、譲は山側の路地を示す。
「とにかくあっちの道に入りましょう。この通りは危ないですから」
「うん、そうだね……あの……」
促されるままに通りを入りながら、望美が問い掛ける。
「譲くん、どうしてここに?」
「どうしてじゃないですよ」
少し怒ったように譲が答えた。
「こんなに暗くなったのに帰っていないっていうし、携帯は通じないし。何かあったら大変だと思って、先輩を探してたんです」
「え? あ! そっか、さっきシルバーシートのそばだから切ったんだ!」
あわててポケットから携帯を取り出し、電源を入れる。
浮かび上がってきた画面を見て、望美は猛省した。
「…すごく心配かけたんだね。ごめんなさい」
そこには、数分おきの着信記録がズラリと並んでいた。
「いえ……先輩が無事ならいいんです。すみません、俺のほうこそ勝手に苛立って」
平常心を取り戻して、譲が少し照れたように言う。
「ううん。探しにきてくれてうれしかった。ありがとう」
にっこりと微笑まれて、ますます目が合わせられなくなる。
眼鏡のブリッジを指で押し上げながら、
「長谷に用だったんですか? ひと駅でも、暗くなったら電車に乗ったほうがいいですよ」
と、自転車のほうに目を向けて言った。
「………」
望美の返事はなかった。
不思議に思って見ると、下を向いて何か考え込んでいる。
「…定期でも落としたんですか?」
「ち、違うよ!」
望美が赤くなって反論する。
「…?…なら、いいんですが……」
しばらく、無言のまま2人で歩く。
山を削って作られた、いわゆる切り通しの道に、ほかに人影はなかった。
「…買い物」
ポツリと望美が呟いた。
「はい?」
「買い物してたの。友達に教わった店で」
「長谷の?」
大仏で有名な駅だが、大きな商店街があるわけではない。
「○○商店」
望美の言葉でようやく納得がいく。
「ああ、高級食材の店ですね。リニューアルしたって聞いて、一度行ってみたいと思ってたんです」
「本当に?」
望美の顔がパアッと輝いた。
「ええ。今度は俺も誘ってください」
「うん! あ〜〜…どうしようかな」
いきなり望美がくるくる回り始めた。
「え? 何かまずいんですか?」
「ち、違うの。あ〜〜〜」
両手で頭を抱えて考え込んだ後、ガバッと身を起こす。
「だめだ! もう我慢できない! フライングだけど、今日渡しちゃうね」
望美は、今言っていた商店の包みを譲に差し出した。
「え……俺に…?」
「うん。ホワイトデーのプレゼント」
「ホワイトデー…?」
確かに今日は3月13日。ホワイトデーの前日だ。
望美が頬を紅潮させて言う。
「ほら、譲くん、毎年バレンタインにチョコレートをくれるでしょ? だから、私はホワイトデーにお返しをしようと思って。私のほうのチョコは……大失敗だったし」
「先輩…」
ファーストキスのきっかけになった出来事を思い出して、2人とも赤くなった。
「…ありがとうございます。本当に、うれしいです。こんな遅くまで、俺のために探してくれて……すみませんでした」
礼と詫びをいっぺんに言うのは譲の癖である。
慣れている望美は、
「遅くなったのは私がなかなか決められなかったからだよ。ね、開けてみて」
と、笑いかけた。
その笑顔に胸を打たれて、譲は無言のまま包みを開く。
中から出てきたのは、2つの瓶。
「…はちみつ……ですか?」
望美がうれしそうにうなずいた。
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