I could ( 1 / 2 )
「……しまった…」
一晩明けてから、幸鷹は後悔に襲われていた。
昨日の物忌み。
懐かしい英語を話すうちに、ついおのれの気持ちに素直になって、花梨に口づけてしまった。しかも何度も繰り返し。
多分、彼女にとっては初めての体験だっただろう。
なのに何一つ……きちんとした約束も与えず、事前に許可を得もしないで、自分はいったい何と言うことを……。
元の世界なら、そんな交際もあり得ただろうが、ここは京。しかも自分は八葉の一人。
「……しまった………」
幸鷹は、眉間の皺をさらに深くした。
* * *
「……神子様?」
紫姫の声で、花梨ははっと我にかえる。
「どこか具合でもお悪いのですか? まさか、穢れが…」
「ち、違うよ、紫姫! ちょっと考え事していただけで! ごめん、話しかけてくれたんだよね。何かあったの?」
必要以上にオーバーアクションで反応する花梨をいぶかしげに見ながら、紫姫は告げた。
「幸鷹殿がお見えなのですが」
ガッチャン!
取り落とした土器(かわらけ)が瓶子にぶつかって砕け、派手な音を立てる。
「神子様! お怪我はございませんか?! やはり体調が悪くていらっしゃるのでは?」
「ち、違う……大丈夫…だよ」
「でも、お顔が真っ赤ですわ」
紫姫を心配させたくなかったが、頭に上った血は簡単にはひいてくれない。
あわあわと割れた土器や瓶子を片付けているうち、
「失礼いたします、神子殿」
という幸鷹の声が聞こえた。
* * *
食器の残骸を持って紫姫が辞した後、御簾の内を満たしたのは沈黙。
花梨は、ドキンドキンと高鳴る胸の鼓動が、幸鷹に聞こえているのではないかと思った。
顔は朱に染まったままで、それが恥ずかしくて俯いてしまう。
膝の上で拳を握り、硬直して座っていると、幸鷹が口を開いた。
「……神子殿、申し訳ございませんでした」
「…え…?」
謝られる理由がわからなくて、思わず顔を上げる。
目の前の人物は、深々と頭を下げていた。
額に落ちた前髪のせいで、表情は見えない。
「…あの……?」
「昨日は、八葉にあるまじき振る舞いをいたしました。ご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございません」
すうっと、頭の中が冷えていくような気がした。
「…………」
「あなたは京を守る尊きお方。しかも、決戦を前にしたこの大切な時期に、お心を乱すような真似をして、面目次第もございません」
花梨の顔を直視できず、頭を下げたまま幸鷹は続ける。
「勝手な言い分ではございますが、どうか昨日のことはお忘れください。そして、神子としての使命に……」
ヒュッと喉が鳴る音がした。
目を上げると、花梨の両頬は涙に濡れ、肩が大きく震えている。
「神子殿…!?」
花梨は突然立ち上がり、几帳の陰に走り込んだ。
「神子殿!」
幸鷹も思わずそれを追う。
「来ないで!」
「しかし…!」
ワーッと、花梨が泣き崩れる。
「神子殿…!」
呆然と佇んだまま、幸鷹は震える背中を見つめていた。
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