若竹色の季節 ( 1 / 2 )
「う~ん」
目一杯背伸びしてみる。
棚の上の甕(かめ)は、見えているのに手が届かない。
「う~っ」
ひょいっといきなり別の手が伸びた。
「これでいいんですか?」
譲くんが、棚から取った甕を差し出す。
「う、うん…」
「あんな風に手を伸ばしたら危ないですよ。上の物を取るなら俺に言ってください」
そのまま、背中を向けて廚に向かおうとする。
「あ、甕!」
「ちょっと重いですから俺が持っていきます」
「…!」
後ろ姿を見送りながら、
「肩幅……あんなに広かったっけ?」
とつぶやく。
小学生のときは、1つ年上ということもあって、背も力も私の方があったような気がする。
さすがに中学に入ると、将臣くんも譲くんもぐんぐん背が伸びて追い越されてしまったけれど。
でも、私の中にはまだ、2人と肩を並べて遊んでいた感覚が残っていて、今みたいに圧倒的な体格の差とか、力の差とかを見せつけられると、何だかちょっと落ち込んでしまう。
「まあ……しょうがないよね」
庭の石をコツンと蹴飛ばして、自分に言い聞かせる。
男は男、女は女でそれぞれに適性があって……。
でも、朔みたいにしっとりと女らしいわけでも、家事ができるわけでもない私の存在意義って何?
「先輩…?」
廚の戸を開けて、譲くんが顔を出した。
「どうかしましたか? 甕、運んでおきましたよ」
「あ、うん。ありがとう。朔に頼まれた物だから、渡してくれる?」
「……わかりました」
何かもの言いたげな顔で戸を閉めた譲くんは、すぐにまた戸を開けた。
「?」
「先輩、ちょっとつきあってください」
背中に手を回されて、「え? 譲くん?」と言っているうちに邸の外に出てしまった。
* * *
竹林がさわさわと涼しげに鳴っている。
初夏の風が気持ちいい。
「うわあ…。お邸のそばにこんなところがあったんだね」
譲くんに引っ張ってこられたことを忘れて、私は竹林の中に飛び込んだ。
「もしかしてこれ、タケノコ? かわいい!!」
「結構あちこちから出てますから、足下に気をつけてくださいね」
「あ、こっちにも! ほら、あっちにもあるよ!」
夢中になって、地面から顔を出しているタケノコを指差す。
「譲くん、もしかしてこれを見せるために連れてきてくれたの?」
振り返って言うと、譲くんが少し困った顔をした。
「いえ、これはたまたまで……。でも、先輩が気分転換できたのならそれでいいです」
「…気分転換?」
懐から小刀を出すと、譲くんはおもむろにタケノコを掘り始めた。
「せっかくですから、夕飯に何品か加えましょうか」
「賛成!!」
30センチくらい地面から顔を出したタケノコの根元を浅く掘ると、刃をかえして器用に切り取っていく。
収穫した1本を渡されて、私はしげしげと眺めた。
「なんか、私の知っているタケノコよりずっと細い気がする」
「竹の種類が違うみたいですよ。俺たちの知っているタケノコは、こんなふうに地面から完全に顔を出してしまうと、エグくて食べられませんから」
「へえー、そうなの?」
譲くんがにっこり笑う。
「前にテレビで見たんですけど、早朝、地面がちょっと盛り上がっているのを見つけて、掘り出すんだそうです」
「……何だか大変そう」
「『早朝』、がですか?」
無言でポカポカ譲くんを叩く。
やがて、20本ほどのタケノコが積み上がった。
「うわ、すごい!」
「これだけあれば全員に行き渡るでしょう。着物で包んで持っていけばいいかな」
譲くんが着物を脱ぎ出したので、私もそれにならう。
「ち、ちょっと先輩、何やってるんですか!」
「私もタケノコ包もうと思って」
「ダメです! 薄着になりすぎるでしょう? 俺が一人で持てますから」
赤くなって止めるので、着物を脱ぐのは断念した。
「籠になる物、何かないかなあ…」
立ち上がって、竹林の奥を透かしてみる。
そのとき。
それが目に入った。
「え?! 何、あれ…!!??」
「先輩?」
竹林の奥にニョキニョキと林立する茶色い影。
それはまぎれもなく……
「た……タケノコ?」
「え?」
譲くんも立ち上がり、同じ方向を見た。
2メートルも3メートルもある巨大タケノコの群れ。
私たちは顔を見合わせ、おそるおそる近づく。
緑色の林の中に、何本も生えている茶色い物体。
確かにそれはタケノコだった。
試しにコンコンと叩くと、しっかりとした竹の感触が伝わってくる。
「びっくり! タケノコって、この形のままこんなに大きくなるんだ」
「中はもうしっかり竹になっているみたいですね。俺もこんなのは初めて見ました」
「もしかして、ほかのタケノコもみんなこの勢いで伸びて竹になっちゃうの?」
「……そう……なんでしょうね。本当に成長が早い植物なんだな」
いろいろな高さのタケノコをコンコンと叩きながら、譲くんは物珍しげに歩き回っている。
「……あっと言う間…か…。なんか……譲くんたちみたい…」
ポツリとつぶやいた言葉を、彼は聞き逃さなかった。
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