視線の先 ( 1 / 6 )

 

いつの頃からだろう。

ふと目を上げたとき、同じタイミングでこちらを見るあなたに気づいたのは。

たとえば、誰かの話を聞いて心が動いたとき、何かを思い出したとき、自分の気持ちをわかってほしくて視線を巡らせると、決まってあなたの優しい眼差しとぶつかる。

それは偶然なんかじゃない。

だって、何かを真剣に考えたり、誰かの話に耳を傾けているあなたを私がそっと観察していても、そんなことは起こらないから。

心の動きが、気持ちの流れがシンクロしている。そんな気がする。

あの日もやっぱり……。


* * *


「何かお役に立てますか、神子殿」

廚に向かう廊下で立ち止まっている私に、穏やかな声が投げられた。

(ああ、やっぱりわかったんだ)と思いながら振り向く。

そこには優しい微笑みを浮かべた鷹通さんが立っていた。

「藤姫に、何かして差し上げたいのでしょう?」



八葉の数人と藤姫を囲んで話していたとき、明日が藤姫の生まれた日、誕生日であることがわかった。この世界では、正月にいっせいに歳を取るとかで、誕生日はほとんど意識されない。その場には天真君も詩紋君もいなかったし、話はどんどん違う方向に進んでいってしまった。

自分が得た情報をどうにかしたくて、私は視線をそっと巡らした。するとやっぱり、その先に鷹通さんの優しい眼差しがあった。彼にだけは、自分の気持ちが通じている気がする。そして……それは一方的な思い込みではなかったらしい。



「わざわざつきあってもらってすみません」

「お気になさらないでください。こんな楽しい役目でしたら、いつでも歓迎しますよ」

藤姫への贈り物を買いに東の市へと向かいながら、鷹通さんが柔らかく笑った。

初夏へと向かう爽やかな季節。街を渡る風は新緑の香りを運んでくる。

「もうすぐ夏ですね。藤姫はいい季節に生まれたんだなあ」

「誕生日というのは、神子殿の世界ではそんなに重要なのですか?」

怨霊退治ではない外出にはしゃぐ私に、鷹通さんが問いかけた。

「そうですね。身分証明とかいろんな書類には必ず書くし、それに、誕生日で星座が決まるし!」

「星座?」

眼鏡に片手を添えて、鷹通さんが身を乗り出す。私が鷹通さんに何かを教えられるなんて滅多にないことだ。はりきって解説を始めた。

「外国……異国の占いなんですけど、生まれた日によって12の星座に分かれるんです。星座ごとに性格が違ったり、あと、相性のいい星座同士もあるんですよ。藤姫は牡牛座だから、私とは相性バッチリかな」

「牡牛……。干支とはまた別なのですね」

興味深そうに考え込む鷹通さん。



ふと思いついて、私は尋ねた。

「鷹通さんのお誕生日はいつなんですか?」

「私は師走の22日……大晦のすぐ前なのです」

少し困ったような顔で答える。

「私を生んだ母はきっと大変だったと思いますよ。そのように忙しい時期に」

「でも、私も秋生まれだから、『暑い時にお腹が大きくて大変だった』って、よくお母さんに言われます! 子供を産むって、きっといつでも大変なんですよ」

何だかムキになってしまった。鷹通さんは年の瀬に生まれたのを誰かに責められたことがあるんじゃないかと、勝手に思ったから。

少し目を見開いた後、鷹通さんは優しく微笑んだ。

「神子殿は本当に……」

「え?」

「いえ…。それで、私の星座は何なのですか?」



頭の中の記憶を必死にたどってみる。

12月22日……。よりによって星座と星座の分かれ目のあたり。でも、鷹通さんの性格を考えれば明らかだろう。

「山羊座…だと思います。勤勉で真面目で慎重。なんか、鷹通さんそのものですね」

「…そう…ですか…」

あれ? 気のせいか少し表情が陰った。あわてて言葉を継ぐ。

「でも、星座と星座の境目だから、隣り合った星座の影響も受けるんですよ。お隣の射手座は正直で情熱的で自由を愛する性格」

「私の星座としてはおかしいですか?」

私の瞳を覗き込む鷹通さんは、微笑んではいるけど真剣に見えた。

「……もしかすると、そうなのかも」

足が止まる。

「…?」

「私、初めて鷹通さんに会ったときは、山羊座そのもの、真面目で勤勉…っていう印象でした。でも、もしかするとそれは鷹通さんのひとつの面でしかないのかも……」

「神子殿…」

そのまま、私たちはずいぶんと長い時間見つめあっていた。



はっと我にかえり、いきなり赤くなったのは私のほう。

「ご、ごめんなさい、私、くだらないことをペラペラと」

鷹通さんもにわかに頬を紅潮させて目をそらす。

「い、いえ。私こそ不躾なことを……。さあ、急ぎましょうか」

ぎこちなく歩き出したものの、お互いの顔が見られない。

そのうち、市からにぎやかな物売りの声が聞こえてきた。

ほっとしたように顔を見合わせる。

そう、こんなタイミングまで一緒。

鷹通さんは一歩下がって、私に贈り物選びの主導権を預けてくれた。