木漏れ日の庭 ( 1 / 3 )

 

「神子殿?」

突然後ろから声をかけられて、あかねはあわてて涙を甲で拭った。

どうか気づかれませんようにと祈りながら振り返ると、心配そうな表情を浮かべた鷹通が立っている。

椿の木の陰にいるあかねには、日向に立つ彼がひどくまぶしく見えた。

「た、鷹通さん。こんにちは!」

精一杯の笑顔を見せる。

「……お邪魔…でしたか…?」

気遣わしげな声。

「ううん、全然! 鷹通さんはお仕事の帰りですか?」

何か言おうとして、それをいったん飲み込むと、鷹通は柔らかく微笑んだ。

「はい…。思ったより早く終わりましたので、この大豊神社まで足を延ばしてみたのです」

「あ……」


自分がなぜ今日、この場所に来ようと思ったのか、ようやくあかねは理解した。

以前、怨霊退治の合間にこの場所を訪れた時、鷹通から彼の母親について聞かされていたのだ。

あかねの感覚からすれば、子どもを置いて嫁ぐ実母、その子を引き取って育てる北の方……理解し難いことばかりだったが、その事実よりも、それを穏やかに語る鷹通の姿に心を動かされたのを覚えている。


「お母さんが、好きだった場所なんですよね」

あかねがそう言うと、鷹通が意外そうに目を見開いた。

「…覚えて……いらしたのですか?」

「はい…。っていうか、覚えていたみたいです。今日、ここに来ようと思ったのは、きっと鷹通さんのお話が頭にあったからですね」

もの問いたげな顔を一瞬見せた後、鷹通はあかねに手を差し伸べた。

「神子殿、よろしければあちらの舞殿に参りませんか? 腰を下ろせますよ」

一段低くなった椿の木の根元から、鷹通の手につかまって明るい日向へと踏み出す。

夏の訪れが近い京の都では、日没までまだかなり時間がありそうだった。


* * *


「今日はお一人でここまでいらしたのですか?」

舞殿の階に並んで腰を下ろした途端、鷹通が尋ねた。

あかねは思わず首をすくめる。

「あ、あの、ごめんなさい。でも……」

「……そうですね…。龍神の神子とて、お一人になりたいときはあるでしょう」

「……え?」

ぽかんと自分を見つめるあかねに、鷹通は苦笑した。

「もちろん、よいことではありませんよ。けれど、私にも覚えがありますので、神子殿にあまり偉そうなことは言えないのです」

そう言うと、彼方を見るように視線を遠くに投げる。

「私は何度、一人でここに泣きにきたかしれません」


「……鷹通さん…?」

目を伏せて鷹通がかすかに微笑んだ。

「以前……母の話をしたときには、ずいぶん虚勢をはってしまいましたが、実母に去られたことは、幼い私には悲しくて仕方のない出来事だったのです」

あかねは先日の話を思い出す。

実の母と別れ、鷹通が父の屋敷にたった一人で引き取られたのは、物心がつくかつかないころだったという。

突然の別離に幼い心は深く傷ついただろう。

「義母は本当に優しくしてくださったのですが、実の子どもである兄たちへの遠慮もあって、甘えたり、わがままを言ったりするわけには参りませんでした。それがつらくてどうしようもないときは」

突然言葉が途切れた。

鷹通のほうを見ると、じっとあかねを見つめている。

やがてゆっくりと口を開いた。

「あの場所で……神子殿と同じ場所で泣いたものです……」

「……!」