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選択肢 ( 2 / 3 )

 



あのとき…。

あのクリスマスのイブには、懐中時計を渡しながら「幼なじみではない付き合い方」を申し込むつもりだった。

譲の望美への想いは日々強くなっている。

こんな状態を続けたら、3人とも傷つくことになる。

将臣の中にはいつしか恐れのようなものが生まれていた。

そろそろはっきりさせよう。お互いのため。

今なら……望美が譲を弟としてしか意識していない今なら、同級生の自分のほうが圧倒的に有利な立場にいる。

望美はきっと自分への好意を、恋の始まりだととらえてくれるだろう。




そう、あのころ、他愛のない話をしながら並んで歩く将臣たちの後ろを、譲は黙ってついてきた。

望美に話を振られれば柔らかい笑顔で応える。

けれどそれ以外の時間、千変万化するその表情に彼女が気づくことはなかった。

兄の自分のほうが、よっぽど弟の心のうちを知っている。

気づきながら……望美を諦めることもできない。

はっきりカタをつけて、譲の想いを断ち切ってやりたかった。

望美が誰かのものにならない限り、ほかの女性に決して目を向けることがないであろうそのひたむきな心を、解放してやりたかった。

自分もまた、この板挟みから解放されたかった。




将臣にとっては3年半、望美と譲にとっては半年という年月が否応なく流れ、すべては大きく変わった。



* * *



再会のとき、2人が自分のような目に遭わず、無事に京で暮らしていることを知って、心底ほっとした。

望美の天然ボケも、譲の説教癖もまるで変わっていなくて、自分が歩いてきた辛い、血生臭い月日が浄化されるような、そんな思いさえ抱いた。

だが次の瞬間、自分の場所が……3年半前には当たり前のように立っていた場所がなくなっていることに気づいた。

そこに立っていたのは譲。

この半年間、望美を命懸けで守り続けた弟が、ごく自然に彼女の横にいた。




もうひとつ、大きく変わっていたのは望美だ。

ある種の鈍感さで譲の気持ちを持ち上げたり叩き落としたり、何も意識せずにやっていた彼女が、譲の表情を読むようになっていた。

もちろんまだぎこちなくて、譲の見え見えの嘘に丸め込まれたりはしていたが、何か話すたびに譲の表情を見つめ、その奥にある真実を探ろうとする。

それは、2人がこの半年過ごしてきた中で、自然に生まれた習慣なのだろう。

後ろを歩いている時にはわからない、けれど横を歩いている時には必ず気づく感情の揺れと表情の動き。

居場所をなくした将臣は、独りで先を歩いたり、列を離れたりしながら、2人を見守った。白龍の力ですべてが修復された時、3人の関係はどう変わるのだろうと思いながら。




平家との和議が成ったのも束の間、茶吉尼天を追って八葉たちは現代の鎌倉にやってきた。

まったく唐突に戻ってきた、望美の隣家に自分たち兄弟が住む元の関係。

その途端に譲が、望美の隣の位置から身を退いた。

まるで、異世界に行く前のように控えめな態度で、八葉たちの世話をする合間にだけ望美と会話をする。

迷宮でこそ望美を守るものの、将臣やほかの八葉が望美と2人きりで出掛けても、朱雀コンビや白龍が目の前で望美を口説いても、取り立てて騒いだり焦ったりしない。

異世界での執着ぶりを知っているだけに、将臣はもちろん、ほかの八葉たちも意外そうな表情を隠せなかった。

そして……誰よりそのことに苛立ったのは望美自身。




「こっちに帰ってきてから、譲くん、なんかよそよそしいよね」

クリスマスパーティの夜、怒ったような口調で将臣に訴えた。

「そうか? 昔からあんな感じだったろう」

(おまえ以外には)という言葉を呑み込んで、わざとのんびりと答える。

「……そうかな…」

納得いかない顔で、望美が考え込んだ。

確かにこんなことは初めてかもしれない。

いつも望美の姿を追いかけ、その横に、後ろにそっと寄り添ってきたのは譲のほう。

今、初めて望美が譲を求め始めている。




 
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