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桜色の季節 ( 1 / 3 )

 


コクッと一瞬首が落ちて、

「あ、す、すみません」

と譲が言ったとき、その場にいた八葉たちは全員

(無理もない)

と思った。




望美とともに異世界に飛ばされてから3カ月。

天真爛漫で、ある意味思い切りのいい望美に対し、居候先の景時や朔にも細かく気を遣い、早朝から深夜まで何かと立ち働いている譲。

その上昼間は、生まれて初めて経験する怨霊との戦闘に参加しているのだ。

疲れていないはずがなかった。




「う〜ん。何とかして休ませてあげたいけどねえ」

軍議が終わり、譲が部屋に下がると、景時が言った。

「休めと言って素直に休むとは思えんが」

「きみと同じですね」

弁慶の言葉に九郎はグッと詰まる。

「譲くんも、九郎と同じで頑張り屋さんだからね〜」

「景時、その言い方はやめろ」

「やはり……策が必要でしょうね」

微笑みながら弁慶が言った。

「何か妙案があるのか? 弁慶」

「…ええ」

景時と九郎、それに無言で部屋の隅にいたリズヴァーンは、彼の話に耳を傾けた。


* * *


「……これが仕事……ですか?」

「うん! 望美ちゃんから、きみたちの世界ではすごく重要な役だって聞いたよ」

「そりゃ、俺たちの世界では必要ですが…」

周りを見回して譲が言う。

「ほかに誰もいないじゃないですか! 必要ないですよ、花見の場所取りなんて」




ここは神泉苑。

清浄な気に守られた美しい神苑は、今まさに桜の盛りだった。

先日の雨乞いの際の喧噪が嘘のように、人影はまばら。

「花見」の習慣がないこの世界では、敷物を敷いて座り込んでいる姿など見られない。

その苑の真ん中、最も花が美しく見える場所に、譲と景時は立っていた。




「いやいや、せっかく九郎が八葉と神子の親睦を深める宴を催すと言ってるんだ。いざ来てみたら場所がなかった…なんてのはまずいしね」

景時はニコニコしながら答える。

「譲くんにこの重要な役を務めてもらいたくてさ〜」

「重要って……」

(俺、何か邸から遠ざけられるようなヘマをしたかな)

譲はここ数日の行動を思い出そうとする。

が、目の前の景時をいつまでも待たせるわけにはいかなかった。




「…わかりました。確かに、ほかの誰かに頼むのは申し訳ないし、俺で役に立てるなら」

くしゃっと髪をかきあげて答える。

「ありがとう〜! じゃあ、後で望美ちゃんにお弁当を届けてもらうからね」

「先輩に?」

「うん。一緒にお昼を食べて、宴会まで二人で時間をつぶしててよ」




弾んだ足取りで景時が姿を消した後、譲はようやく自分が気遣われているのだと悟った。




「隠しても無駄……か」

広げた敷物に腰を下ろし、桜の幹に背を預けながら、一人つぶやく。

いきなり京に飛ばされてからの怒濤のような日々。

実戦に使うことなど夢にも思わなかった弓を構え、この世ならざる敵を必死で狙い、射抜く。

水ひとつ飲むのでも、手間がまったく違う日常の生活。

疲れていない……と言えば嘘になる。




はあっと大きな溜息をつくと目を閉じた。

花のカーテンを透かして、春の日差しが降り注いでいる。

そよそよと吹く風に誘われて、譲はいつしかまどろんでいた。