さびしんぼ ( 1 / 4 )

 



放課後、江ノ電から降りた望美と譲は、急ぎ足で家への道をたどっていた。

「鬼のかく乱? って、どういう意味?」

「まあ、兄さんみたいに丈夫な人間が突然病気になること……と覚えておけばいいと思います」

「そうなんだ。よし、覚えた!」

「それで、今日はさすがに『カップラーメンでも食べてれば』とは言えないので」

「うん、おばさまたちも帰りが遅いんでしょう?」




兄の将臣が昨夜から熱を出し、寝込んでいた。

今日は珍しく譲の部活が休みで、二人はいろいろとデートプランを立てていたのだが、すべて中止してまっすぐに帰る。

その辺りは長年の幼なじみの呼吸で、異論はまったく出なかった。

「ただいま」の声も控えめに玄関から入り、リビングへ続くドアを開けると

「……! 兄さん、部屋で寝てなきゃ駄目だろう?!」

譲の声が尖る。




自室で静養しているはずの将臣が、リビングのソファに寝転んでいたのだ。

さすがに毛布を羽織ってはいるが、テレビを眺めながらの気楽な放課後という風情。

「ん? なんだ、今日はデートじゃなかったのか? 部活休みなんだろ?」

身体を起こした将臣に、のんきに言われてカッと頭に血が上る。

「熱が38度もある人間が、半端に起きてちゃ治るものも治らないだろ!」

「お前が怒っても治りゃしないさ。俺は自分で好きなように治すから、お前らは勝手に……」

突然、それまで黙って見ていた望美が、スタスタと将臣に近づいた。




「……望美?」

「先輩?」

「…………」

無言のまま手を伸ばし、将臣の額をペチンと指で弾く。

「……!……」

ズン! と、見事に将臣がソファに沈んだ。

「兄さ……! え? 先輩?!」

「やせ我慢は無駄だよ、将臣くん。熱でヘロヘロのくせに」

「お前……!……」

「譲くん、将臣くん、朝より熱が上がってると思う。とりあえず水分と、温かいもの、かな」

「……わかりました。先輩、冷蔵庫のスポーツドリンクを出してもらっていいですか? 
俺は二階から布団と加湿器を取ってきます」

「おい、お前ら……!」




てきぱきと動き出した譲と望美に、将臣の抗議は完全に無視される。

スポーツドリンクを注いだグラスを持って、望美は将臣の横に腰掛けた。

「喉、乾いたでしょ? 譲くんが何か作ってくれるから、食べたら薬飲んでゆっくり寝てね」

「望美……」

「ふふふ、将臣くんの嘘なんてぜ〜んぶお見通しだもんね。幼なじみをなめるんじゃないぞ!」

人さし指を振って得意げに言う望美に、将臣は思わず苦笑いした。

「いつもは気持ちいいくらいコロッとだまされるくせに、よく言うぜ」

「え〜っ?! そんなことないよ!」

グラスを受け取り、中身を一気に飲み干した将臣は、堂々と宣言する。

「よし! じゃあ今日は王様気分でお前らに世話させるからな!」

「まったく、兄さんはすぐ調子に乗るんだから!」

頭の上から、譲が持ってきた布団と毛布がドサドサと降ってきた。

「ほら、しっかり温かくして! おかゆができるまで一眠りしてろよ」