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光の子供は、
綺麗な紫水晶の瞳からほろほろと流れ落ちる涙を、
なんとかして止めたいと思ったから、

「もう大丈夫だ。私がそばにいてやる。」
「……いっしょに、いてくれるの? ……ずっと?」
「あぁ。わたし達は、対なのだから。」
「……つい…ってなに?」
「対とは……対とは、そうだ、互いに支えあう者たちのことだ。」
「ぼくが、ジュリアスを、……ささえるって……」
「そなたにしか出来ぬ。」


闇の子供は、
強い意志を宿して輝く蒼玉の瞳が涙を零すのを、
一度として見たことは無かったけれど、

「……うん。……じゃあ、ね……ジュリアスがなくときは、ぼく、そばにいる。」
「わ、私は泣いたりなどせぬ。そのようなこと、光の守護聖たるもの、してはならぬのだ。」
「なみだが、でなくても、……こころが、なくときがあるって、かあさん、……いってた。」
「っ……。」
「だから、ぼく……ジュリアスがないているときは、きっと……」


幼い約束は違えられることなく、

闇に彷徨う子の震える手のひらにはいつも、
命を愛おしむ光が溢れるほどに注がれ、

光に捧げられた子の傷ついた心にはいつも、
深き安らぎの闇がそっと寄り添った。

やがて子供たちは、
光と闇の申し子と謳われた二人の子供たちは、
長じて、

別れの時を迎えた。





旅立ち





どうか見送らせて欲しい。
定めに従って去り往く只人に、未だ時の満ちぬものたちが、口々に願った。


明日の朝の、と皆に告げた時間よりずっと早く、クラヴィスは一人門へと向かった。
簡素な身なりに、母の形見の水晶球と僅かばかりの手回りのものを入れた鞄が一つ。
背を過ぎて流れる黒髪のほかは、過去につながる全てを置いてきた。
長きにわたり自ら司った闇の中、聖地を去る。
望まぬとはいえ闇の守護聖であった身にはそれが相応しいと考えたのか、或いは別れの愁嘆場が煩わしかったのか。
静かな面からは、何の感情も窺えない。

外界への門が闇に愛でられしものを迎えたのは、夜明け前だった。
聖地の闇が最も深くなるまさにその時、凛とした声がクラヴィスの歩みを止める。

「やはり、な。一人旅立つつもりだったか。」

門の影より現れた光の愛し子の姿を認めて、クラヴィスは片方の眉を上げた。

「ただの散策だ。そなたを見送りに来たわけではない。」
「フ……。夜も明けぬというのに、酔狂なことだ。」
「かもしれぬ。だが私は、この時間が好きなのだ。」

ジュリアスの静かな声が、闇を震わせる。

「輝かしき光が闇を切り裂き、この世に生まれ出づる刹那……」
「……ジュリアス!」
「深き闇は、安らぎの腕(かいな)にて全ての命を抱く。」

瞬間。
闇の暗き底より解き放たれた光が、世界に満ちていく。
身に纏う曙の光に溶け込むように、ジュリアスはゆっくりと穏やかに、微笑んだ。

「そなたの対であることを、……私は心から誇りに思う。」


対であったこと、ではなく、対であること。
守護聖としての役割りを終え、今は只人としてあるクラヴィスの対、とは即ち。


―― お前もまた、≪その時≫を得たのか。 ――

「何時、わかった。」
「先ほど。目覚めた時に。」

―― そうだ。時満ちてなお、そなたは私の対なるものだと知った。 ――


ならば……とクラヴィスは、胸に秘めていた言葉を告げる。
時の流れから切り離されたこの地で出会い、苦難の道を共に歩んだかけがえのない ―― 友へと。


「これからは自分のために生きて……そうだな、ついでにお前の安らげる場所でも用意してみようか。」
「あぁ、期待しておこう。そなたは決して約を違えぬゆえ。」

それ以上の言葉を交わすことなく、漆黒と黄金の二人は互いの行くべき方へと歩み出した。
再び巡りあうための別れに祝福を与えるかの如く、聖なる地に射す朝の光が一際輝きを増す。
振り返らぬ二人の口元には、柔らかな笑みが刻まれていた。

今は門が分かつそれぞれの道。
だが幾許もの時を経ずして、それはもう一度交差するだろう。
対なるものとの約を果たした二人が、新しき絆を結ぶその時に。




闇なくして光在らず
また
光なくして闇は在らず


激動の嵐を乗り切った神の鳥は、新しき宇宙(そら)へと力強く羽ばたいた。
そしてその気高き飛翔を支える両翼たる光と闇も、新たな対の時代を迎えることになる。

黄金と漆黒と。
類い希なる一対の伝説を残して。



 

 
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