gift

 



例えば、それが誕生日だったり。
例えば、それがクリスマスだったり。

そんな贈り物をするのに相応しい日だったら、
今、この場で立ち尽くすこともなかったのかもしれない。


「参ったな……先輩にどう説明すれば良いのか」


待ち合わせをしている公園のブランコの側に、
大切な恋人、望美がいる。

それを目にしながら、
譲は彼女から見えない位置で、足を止めた。

春が一時だけ訪れたような冬には珍しい暖かな陽が、
待つ女性(ひと)を柔らかく包んでいる。

とはいえ、いつ枯れた北風が吹いてくるか分からない。
早く駆けつけなければ。そう思うのに、
頭の中の悩みが体の動きを止めてしまう。

悩みの原因は、手の中にある『贈り物』。


「突然プレゼントをするなんて、驚かれるかもしれない……」


今日は特別な日ではない。

ありきたりな日曜日の午後。

自分は恋人を独り占め出来る日。という『特別』があっても、
相手が同じ事を考えているとは思えない。


「それに、これを喜んでくれるとも限らない」


幼馴染という特権を利用して、
昔の記憶も、最近の記憶も全部引き出して選んだ物だけれど、
本当に『これ』は彼女に相応しいのだろうか。

公園で最愛の人を見つけるまでは、
きっと輝く笑顔を見せてくれる。
そう信じていた心が、不安で曇っていく。


それは、あなたが一番だから。


何を渡しても色褪せてしまう魅力。を目の当たりにして、
あれだけ考えて悩んで用意した贈り物が、
ちっぽけで貧相に思えてくる。


なんでもない日に用意された、自信の無い贈り物。
無意味な贈り物。


飾り立てられた、いかにもな紙袋に入ったそれを、
一日隠していられるのかどうか検討していると、
「譲君!」と遠くから名前を呼ばれた。

声の方向に顔を向けると、頬を上気させ、
弾む足取りで駆けてくる望美が目に入る。

なかなか現れない譲に焦れて動いたのか、
それともたまたま見つかってしまったのか。

どちらにしても、予期せぬ恋人の登場に、
慌てて袋を背後に隠した。


「こんなところで立ち止まってどうしたの?」

「す、すみません。先輩」


目の前で足を止め、首を傾げられ、
譲は無意識に明後日の方向を見てしまう。


「……何かあったの?
というか、何か隠してるよね?」


譲の背中を覗き込もうと、望美が体を傾ける。
数歩後退し、手に持つ物が見えないように反射的に避ける。

興味を持たれてしまったら、
そんな行動は無意味だと分かっているのに。


「もう!どうしてそんな意地悪をするの?」


譲の態度に望美が頬を膨らませた。


「意地悪をしているわけじゃないんです……。
ただ、その……」


言いよどんでいると、
望美はますます頬を膨らませ、不満を露にする。


「意地悪だよ。
遅刻なんて滅多にしない譲君が遅れて、
すごく心配してたのに……こんな仕打ちだし」


上目遣いで睨まれて、
どんな台詞を言うべきか戸惑う間に、
二人の距離が一気に縮まった。


「え!せ、先輩!?」


キスが出来る。そんな近さに目を見開き、体が硬直する。
その隙に『贈り物』を奪われた。


「取っちゃった!油断大敵だよ……って、これを隠してたの?
もしかして買い物をしてて待ち合わせに遅くなったとか?
それならそうと連絡してくれれば良かったのに」

「先輩……これは」

「ん?なに?あ、これはちゃんと返すよ」


あっさり手の中に戻ってきた『贈り物』。

自分に捧げられるなど、少しも思っていない様子に、
譲は深く息を吐いた。


「先輩、一つ聞いても良いですか?
今日は……その……どんな日ですか?」


このまま誤魔化すか、真実を言うか。
迷って、そんな問いかけをしてしまう。

もしも、ただの日曜日を、数時間だけのデートを、
自分が思う位、特別だと言ってくれたのなら……。

小さな期待を抱えて、答えを待った。


「今日はどんな日って、うーん、普通の日曜日だよね」

「そう……ですね」


言われて、肩が落ちる。
勝手に期待して、勝手に落ち込んだ自分に腹を立て、
譲は唇を引き結んだ。


もうこの話はやめよう。

『贈り物』は、自分の為の買い物だと言えば良い。


思って、唇を開くと同時に望美が一歩近づき、
頬に柔らかなキスをくれる。

最上級の心地良い香りが肺に満ちて、
心音が一気に跳ね上がった。


「先輩!?」

「嘘だよ。譲君が意地悪するから、意地悪したの」


照れた笑顔を浮かべ、望美は言葉を続ける。


「今日は普通の日曜日じゃないよ。
譲君と過ごすんだから」



特別な日曜日だよ。



望美の声の一音一音が、綺麗な結晶になって心に落ちてくる。
そして、自信を無くした場所を埋めてくれる。


「特別……なんですか?」

「名前をつけて、記念日にしたいくらい特別!」


はにかむ望美。

その後ろから、ブランコを動かす軋んだ鎖の音が聞こえる。
子犬のようにじゃれる子供の声も。

遠い昔、あんな風に遊んだ頃には知らなかった。

苦くて切ない気持ちが、
大好きな人の笑顔一つ、言葉一つ、心一つで、
甘い幸せに包まれることを。

譲は一度大きく息を吸って、
眼鏡のフレームと背を正し、口を開いた。


「これは、先輩へのプレゼントなんです」


かさりと乾いた音を立てる紙袋に視線を送り、
はっきり言葉にする。


「私のなの?」

「はい」


不思議そうな顔に、迷いの無い答えを捧げる。

想いを繋いだ二人に、わざとらしい理由はいらない。
素直に心のままにあればいいと、今なら分かる。


「……俺はあなたが好きで、あなたも俺を好きでいてくれる。
それを形にしたかったんです」


先輩、俺の『贈り物』を受け取ってくれますか?


まっすぐ見つめて問いかけると。


「譲君……もちろんだよ!」


思い描いていた以上の、キラキラの笑顔を見せて、
望美が大きく頷く。

両掌をくっつけて器の形にし、
愛らしくその時を待つ恋人に、譲は小さく微笑み返し、
ずっと手の中にあった『贈り物』を望美に捧げた。


望美の前では何もかもが色褪せてしまう。


けれど、そうであっても、これがどんな物であっても、
愛する人に喜びを運べる。
愛する人をより輝かせることは出来るから。


これは無意味な贈り物じゃない。


だからこそ、包みを開く瞬間が嬉しくて、嬉しくて。



「一瞬だけ……目を閉じてもらえますか?」



そんな願いを紡いで、
言われるまま閉じていく瞼と長い睫を見つめた後、
譲は望美の唇に自らの唇を重ねて、胸いっぱいの喜びを伝えた。



end




Written by 阿蒼さん(『3min.』

 

 
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