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贈る想い ( 2 / 2 )

 



「ああ、すっかり日が傾いて。泉水殿、
長々とおつきあいいただきましてありがとうございました」

東の市から四条の邸へと向かいながら、幸鷹が明るく言った。

「ゆ、幸鷹殿……」

最初こそ時間を気にしていたものの、幸鷹の巧みな誘導でいつしか品物選びに夢中になってしまった泉水は、深い後悔を声ににじませている。

「……あの、この菓子を幸鷹殿の贈り物とともにお持ちいただくわけには参りませんでしょうか」

「それでは神子殿が、どちらも私からだと誤解してしまいます。
菓子のほうだけ喜ばれたりしたら、私の立場がありません」

「あ…! そ、そうですね……」

思いやりにあふれる泉水は、幸鷹がそんな目に遭ったらと青くなる。

少し良心の痛みに苛まれながら、幸鷹は苦笑した。

「大丈夫ですよ、泉水殿。神子殿のお人柄はよくご存じでしょう?
泉水殿から直接菓子をお渡しください」

「は、はい……」

口ではそう答えたものの、泉水は大きく肩を落とし、夕暮れの都大路をとぼとぼと歩いていった。



* * *



「あ! 泉水さん、幸鷹さん、いらっしゃい!」

すでに帰宅し、局で休んでいた花梨は、明るい声で二人を迎えた。

「お邪魔いたします、神子殿。本日の首尾はいかがでしたか?」

「幸鷹さんが組んでくれた予定どおり、怨霊を封印して、五行の力を高めましたよ!
あ、泉水さん、もしかしてそれ……!」

幸鷹の影に隠れるようにして立っていた泉水の、手の中の籠に花梨は気づいた。

「え、あ、は、はい、あの、も、申し訳ございません。このような、その、粗末な……」

傍目にも気の毒なくらい取り乱した泉水から可愛らしい籠を受け取ると、花梨は中を覗き込んで目を見張る。

「うわあ〜、おいしそう! 
泉水さんの選んでくれるお菓子って、いつも本当にきれいでおいしいんですよね。
そうだ、白湯を用意してもらって、みんなで食べましょう! 紫姫〜!!」

慌ただしくパタパタと局を駆け出していった。




その姿を見送り、幸鷹は泉水に囁く。

「ね? とても喜んでいらっしゃるでしょう?」

「……あ、は、はい。
あの……たまたま今日の品はお気に召していただけたようで……」

まだまだ不安が拭えない様子の泉水に、幸鷹は心の中でため息をついた。



* * *



「ああ、おいしかった!」

「本当に、美味でございました」

「泉水殿、どれも素晴らしい菓子ばかりでした。ご相伴に預かり光栄です」

花梨、紫姫、幸鷹に次々とほめられて、泉水はただただ恐縮した。

「泉水さん、これまでちゃんとお礼が言えなくてすみませんでした。
本当に本当にありがとうございます!」

花梨に三つ指ついて頭まで下げられ、泉水はむしろこの場から消えてしまいたい気分になる。

「ど、どうか、神子、あまりお気になさいませんよう。
これまでお持ちしたもののいくつかでも、神子の慰めになったようなら、わたくしはうれしいのです」

「いくつかって言うか……」

「そうですわ、神子殿。あれを泉水殿にお見せしてはいかがでしょう?」

口を開きかけた花梨に、紫姫がうれしそうに囁く。

「あ、そうだね!」

花梨はすっくと立ち上がると、部屋の隅の二階厨子の中をしばらく探った。




「?」

不思議そうに見守っていると、泉水の前に一冊の和綴じの本が差し出される。

「……神子?」

「開けてみてください!」

ニコニコと言われて、泉水はそっと表紙をめくった。

すると……




「これは……押し花ですか!」

横から覗いていた幸鷹が声を上げる。

「はい! 泉水さんからはお花もたくさんいただいたんで、紫姫に頼んで押し花を作ったんです。
最初のころはいろいろ失敗したりしたけど、最近はコツをつかんだから、ほら、きれいに押せているでしょう?」

秋の七草、紅葉、色とりどりの草花。

丁寧に押され、張り付けられた花々が、一枚一枚の紙の上に咲いている。

「神子……は、……花も……喜んでくださったのですか……?」

「はい! 
こちらでは切り花を部屋に飾る習慣はないって言われたんですけど、勝手に生けて、楽しんでます! 
私の世界では、みんなお部屋をそうやって飾るんですよ。
きれいで、可憐で、あるだけで楽しい気持ちになりますか……。
え? 泉水さん?!」




こみ上げる涙を止めることができず、泉水はパタパタと床に雫を落とした。

「え?! ど、どうしたんですか?! 私、何かしちゃいました?!」

声が出ないのか、泉水は懸命に頭を左右に振る。

「泉水さん!?」

「み、神子……。わたくし……は」

「はい」

「あなたに……お会いできて……本当によかった………」

「……泉水…さん」

声こそ上げないものの、全身を震わせて泉水は泣いていた。

どうしていいかわからず、戸惑う花梨の肩に幸鷹が手を置く。

「ゆ、幸鷹さん、私何かいけないことを……?」

「いいえ、神子殿は泉水殿の心にずっと刺さっていた刺を抜かれたのですよ」

「刺……?」

「はい。きっとこれからは、泉水殿はあなたのいらっしゃるときに、この邸を訪ねてくださるでしょう」

「………」

幸鷹の言葉を無言で受け止めると、花梨はそっと泉水の背に手を回し、傍らに寄り添った。




「泉水さん、今度、お花を見に連れて行ってくださいね。
きれいなのがあったら摘んで帰って、お部屋に飾りましょう」

「………神子………」

「贈り物、本当に本当にありがとうございます。
私のことを考えて、お花やお菓子を選んで、届けてくれた泉水さんの心が何よりの贈り物です。
私はそれが一番うれしいんです」

「………!」




「やれやれ、神子殿は泉水殿の涙の泉を枯らしそうな言葉ばかり口にされる」

幸鷹は微苦笑すると、呆然としている紫姫を促して局を出た。

「幸鷹殿、わたくし、何が何やらわかりませんが」

簀子縁を渡りながら、紫姫が尋ねた。

「そうですね。八葉は、龍神の神子を守り、お助けするのが使命。
けれど同時に、神子殿に助けていただいてもいるのでしょう」

我が身も振り返りながら、幸鷹が言う。

「それは……よくわかります。
神子様は、そこにいらっしゃるだけで周りを照らし、絶望を希望に変えられる方ですから」

「本当に。紫姫のおっしゃるとおりですね」




泉水が市で選んでくれた螺鈿の小箱と、元々紫姫に届けるつもりだった数種類の香を託すと、幸鷹は四条の邸を後にした。

晩秋の空は晴れ渡り、月と星の輝きが帰りの夜道を優しく照らしていた。






 

 
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