もう一度 (1/3)



 「俺はもう八葉じゃないけれど……これからも先輩を守らせてほしいんです」

「ありがとう、譲くん。でも、迷宮も消えたし、もう怨霊も出てこないと思うから、あんまり心配しなくても大丈夫だよ」

「いえ、俺は……」

「あ、雪! 今度こそ積もるかなあ」




はあーっと大きな溜め息をつきながら、譲は下校時の会話を思い出していた。

窓の外は雪。

最大限の勇気を動員して告白したつもりだったのに、望美にはまるで通じなかった。

「それとも……遠回しに断られたってことなのかな……」

想いはどんどんと暗いほうに引っ張られていく。

迷宮での闘いで命がけで望美を救い出し、八葉の仲間たちを見送ってから数週間。

可能な限り一緒に登下校し、休みの日にも二人で外出することが増えたが、肝心な言葉をまだ伝えられていなかった。

「俺はあなたが好きなんです」

部屋の壁に向かって言ってみる。

『私も好きだよ! 将臣くんも譲くんも八葉のみんなも大好き!』

想像の中で望美が明るく答える。

「……だよな…きっと……」

はあーっと再び溜め息をついて、壁に頭を押し付け落ち込んだ。




庭を挟んだ隣家の二階でも、同じように長い溜め息が聞こえた。

窓の外の雪を眺めながら、ほおづえをついているのは望美。

「『いえ、俺は』の後は、何だったのかな……」

こちらも、下校時の会話を思い出している。

異世界と迷宮での事件を通じて、仲のいい幼なじみは恋する相手に変わっていた。

迷宮の最奥で、自分の刃に傷つきながらも守り抜こうとした譲。

「自分に言い聞かせていたんです。絶対に望美ちゃんを守ろうって。俺は、そのための力が欲しい」

涙が出るほど、その想いがうれしかった。

「でも……」

もう一度溜め息をつく。

『俺はもう八葉じゃないけれど……これからも先輩を守らせてほしいんです』

ぱたんと顔を机に伏せる。

「譲くん……八葉体質なんだよな……もう、神子じゃないのに」


譲が、自らの気持ちを隠すため口に出していた「俺は八葉ですから」という言葉を、望美は鵜呑みにしていた。

その優しさも、献身も、八葉の役割に対する真摯な姿勢から出ているのだと完全に誤解していたのだ。

したがって、譲が「守りたい」という想いを口にすればするほど、望美は「俺と先輩は八葉と神子ですから」と宣言されているように感じた。

さっき譲の言葉を遮ったのも、それ以上聞いているのがつらかったから。

「私のこと、好きになってほしいのにな……」

机に頬を付けたまま、窓の外を見つめて望美はつぶやいた。