もしも譲くんが…

 


「おはよう、望美ちゃん。支度できた?」

「おはよう、譲くん。今日はバッチリ! 将臣くんは?」

「今日は珍しく…」

「おう、望美、ちゃんと起きられたんだな」

「もう! 将臣くんにだけは言われたくないよ!」




朝から春日家の玄関前はにぎやかだ。

近所ではおなじみのこの風景。

春日家の一人娘、望美と、同い年の有川譲、一つ年下の有川将臣の三人は、今日も仲良く学校に出掛けて行く。




「譲くん、宿題全部終わった?」

「一応。望美ちゃん、終わらなかったのなら電話くれればよかったのに」

「兄さん、あんまり甘やかすなよ! 少しは自立させないと」

並んで歩く二人に、後ろから将臣がツッコミを入れる。

「譲くんに面倒見てもらってるのは将臣くんだって同じでしょ!」

「俺は勉強の面倒はかけてないぜ」

「え? そうなの?」

ちょっとびっくりして、望美が譲のほうを見る。

「将臣は要領がいいから。テストのヤマカンもよく当たるし。もっとも時々外れて大慌てするけどな」

「るせー」




昇降口で将臣と別れ、譲と望美は教室へ向かった。

「譲くん、もうすぐ試合だよね」

「ああ、来週末に。望美ちゃん、毎回来る必要ないんだよ」

「ええ〜? だって、私、弓道の試合見るの好きなんだもん。迷惑?」

望美に顔を覗き込まれて、譲は思わず赤面する。

「いや、その……うれしいけど…」

「じゃあ行くね! 将臣君も誘ってみるけど、なんか最近つきあい悪くて」

「…あいつ、バイトが忙しそうだから」




「よ、有川ご夫妻、ご到着」

「っていうか、春日ご夫妻?(笑)」

クラスメイトからのおなじみのツッコミを軽く受け流しながら、二人はそれぞれ席についた。

ふうっと大きく息を吐いた後、譲は斜め前に座る望美の後ろ姿を見る。

(幼なじみ…か)

物心つく前から、将臣と三人で兄妹のように育ってきた。

距離が近すぎて、望美にとってはまだ、自分も将臣も「大好きなお隣さん」なのだろう。

だが、ずいぶん前から、譲にとって望美はただ一人の大切な女の子。

そしておそらく、将臣にとっても。

望美を呼び捨てにして、まるで同い年のような口をきくのも、将臣なりに歳の差を気にしてのことなのだろう。

(…まあ、歳が同じだからって、別に有利なわけじゃないけどな…)

ふうっともう一度、溜息をつく。


* * *


「望美! 今、帰りか」

「将臣くん」

放課後、望美がブラブラと江の電の駅に向かっていると、後ろから呼び止められた。

「これからバイト?」

「ああ、時間あるなら、寄ってかないか。昨日から新メニュー入れたんだぜ」

「おごり?」

「な!!」

一瞬固まった後、

「……ったく、しょーがねえなあ」

と頭をかき、将臣は先に立って歩き出した。




彼がバイトしている海辺のカフェは、料理のおいしさでも定評がある。

カウンターに座った望美は、早速新メニューのドリアを口に運んだ。

「…ん〜〜…?」

「なんだ? 味が不満か?」

カウンターの向こうから将臣が言う。

「すっごくおいしいよ。でもなんか……」

カチャンとスプーンを置くと、望美は手を叩いた。

「そっか! これって去年、譲くんがクリスマスに作ってくれた味だ」

「よく覚えてるな」

「だってすごくおいしかったんだもん。え〜?! 将臣くんが再現したの?」

目を丸くして望美が尋ねる。

「そう……と言いたいが、残念ながら不正解。本人直伝だよ」

「本人?」

カウンターから出て、将臣は望美の横のスツールに腰掛けた。

「最初はレシピをもらったんだけどな、いまいちピンと来なくて、店長とああだこうだやってたら、兄さんが部活の帰りに寄って実演したってわけ」

「……譲くんらしい」

「まったく。おせっかいな兄貴だぜ」

「親切な、でしょ?」

望美が人差し指を左右に振って将臣をたしなめる。

将臣はスツールを回して立ち上がった。

「んじゃごゆっくり。俺は店の外の掃除してるから」



その後ろ姿を見送りながら、

(なんのかんの言って、結構仲いいよね、あの二人)

と、微笑む望美。



「せっかく二人きりなのに、なんで兄さんの話してるんだ、俺」

と、店の外で頭をかきむしる将臣。



そこに

「将臣、新メニュー、うまくできたか〜?」

片手を上げて、穏やかに笑いながら近づいてくる譲。



三人はまだ、これから待ち受ける運命を知らない………。



 〜つづく〜? 



 

 
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