<前のページ  
 

木漏れ日の庭 ( 2 / 3 )

 

あかねは、赤くなって押し黙ってしまった。

その横顔をしばらく見つめた後、鷹通は言葉を続ける。

「泣いている姿を義母が見たら、きっと彼女は自分を責めるでしょう。あれだけよくしてくださる方に、そんな思いはさせたくない。でも、どうしようもなく泣きたい時というのはあるものです」

ふわりと空気が動いた。

見上げると、階から腰を上げた鷹通は大豊神社の木漏れ日の中に佇んでいる。

「そんなとき、この穏やかで柔らかい空間は、いつでも私を受け止め、慰めてくれました。神子殿のお心も、同じようにお慰めできればよいのですが……」

静かに話す鷹通。

小鳥の声が木の間から聞こえてくる。

あかねの頬を一筋、涙が流れた。

「今日は、お母さんの誕生日だったんです」


「お母上の…ですか?」

こくんとうなずくと、あかねは続けた。

「私たちの世界では、その人が生まれた日、誕生日はとっても重要で、お母さんの誕生日には毎年、お父さんといろいろ贈り物をしたり、お料理を作ったりしてお祝いしてたんです。今年は何もできなかったなあ、とか、考えているうちに……」

突然何かがこみ上げたように、あかねの肩が震え出した。

鷹通はあわてて傍らに座り、その肩を包みこむ。

しゃくり上げながら、切れ切れに出た言葉は

「お、お母さん、私がいなくなってどうしてるんだろう、ものすごく心配してるんじゃないか、お父さんも探しまわってるんじゃないかって」

涙が後から後から流れ出す。

「私、私はみんなに大事にされて、元気でいるけど、お母さんもお父さんもそれを知らなくて、二人がどんなにつらい思いをしてるかって……!」

「神子殿…!」

鷹通には、あかねの肩を強く抱き締めることしかできなかった。

彼女が声を上げて泣く姿を見るのは初めて。

これまでどれだけのものを抱え込み、一人で耐えてきたのか。

それに気づけなかったことが悔しくてたまらなかった。


「神子殿、どうかもうしばらくだけお待ちください。私があなたを元の世界に必ずお返しします。ご両親のつらい思いが少しでも短くなるよう、懸命に努力いたしますから」

泣き続けるあかねに、こんな虚しい言葉が届くとは思えなかったが、鷹通は心の底からの思いを口にした。

「あなたがお一人ですべて抱える必要はない。泣きたい時には泣いてもいいのです。怒っても、嘆いても。我慢などなさらないでください。せめて私の前では、どうかお心のままに……」

「帰りたい…! お母さんに会いたい! お父さんに会いたい…!!」

堰を切ったようにあふれる涙と言葉。

おそらく、この地に降り立ったその日から叫びたくてたまらなかったのだろう。

「きっとお返しします。もう少しのご辛抱です。大丈夫です、神子殿。私がお守りいたしますから。どうかご安心ください」

帰りたいと繰り返すあかねの耳元に、鷹通はそう囁き続けた。

 

 
<前のページ