Happy Birthday to You

 



「兄さんなら大丈夫ですよ」

不意に言われて、望美は顔を上げた。

少し困ったような顔で、譲が微笑んでいる。

「……え、何?」

「兄さんのこと、考えていたんでしょう?」




目の前には譲が作ってくれたお菓子や料理が並んでいる。

今日は望美の誕生日。

朝から張り切って、譲がいろいろと用意してくれた。

京の梶原邸に世話になるようになってまだひと月ちょっとだというのに、料理の腕をめきめきと上げている。

「どうしてわかったの?」

ズバリ言い当てられた望美は、頬を上気させながら尋ねた。

「先輩の誕生日は、いつも三人一緒だったから。
きっとそうだろうなって」

たすきを外しながら言うと、望美の隣に座った。




「そう……だよね。去年も、おととしも……」

にぎやかなリビング。

譲の手作りケーキと、将臣の虚を突くようなプレゼント。

驚いたり、怒ったり、笑ったり、望美の誕生日はいつも三人一緒で、大騒ぎだった。

突然迷い込んでしまった京で、同じことができるわけはないのだが。




「大丈夫ですよ。あの兄さんが、へこたれてるわけないでしょう」

「譲くん、すごく自信があるんだね」

譲があまりにきっぱり言い切るので、望美は思わず笑った。

「そりゃあ、長年兄弟をやってますからね。
兄さんのしぶとさと要領の良さはよくわかってます」

「信頼してる…って言うんでしょ、それ」

「信頼……とは違うと思いますが……」

少し照れて、横を向いて頭を掻く。

譲の姿を見ているうちに、望美の元気もチャージされた。




「よし、じゃあ、来年の私の誕生日は絶対にまた三人で祝おうね!
ううん、譲くんの今年のお誕生日から三人で祝いたい!」

「あ、ありがとうございます。
急いで兄さんを捜さなきゃならないな……」

二人で話していると、小さな足音が近づいてきた。

「神子~! 譲~!」

「白龍、邪魔しちゃ駄目でしょう?」

白龍と、それを追う朔が廚に入ってくる。




「お、白龍、匂いにつられたな?」

譲は立ち上がって微笑んだ。

トトトト……と、望美の前の膳に駆け寄ると、

「うわあ……すごくおいしそう。これは何?」

と覗き込む。

「ドーナツだよ。甘くておいしいの」

望美が一つ差し出すと、白龍はパクンとかじり付いた。

「まあ、譲殿、こんな凝ったものまで作れるようになったのね」

朔が感嘆の声を上げる。




「いろいろ材料を提供してもらってありがとうございました。
皆さんの分も作ったので、よかったら召し上がってください。
九郎さん、弁慶さん、それに景時さん」

「う…!」

「ほら、九郎、バレバレですよ」

「いや~、譲くんにはかなわないな~~」

同じく匂いにつられたらしい三人が、ゾロゾロと廚に入ってきた。




「今日は先輩の誕生日だから、なるべくにぎやかにお祝いしたほうがいいでしょう?」

「すごい、あっという間に大パーティだね」

譲と望美が顔を見合わせて笑う。

「誕生……日?」と景時。

「だいぱーてぃ……?」と九郎。

「望美さんのお祝いに加えてもらえるなんて、うれしいな。
僕にとっても忘れられない日になりそうです」

何事にもそつのない弁慶が、天使のような笑顔で微笑んだ。

鎌倉にいたころとは違うが、やはり温かい誕生パーティが始まろうとしていた。



* * *



「誕生日おめでとう、望美」

折よく雲間から顔を出した月に、将臣は杯を掲げる。



福原の雪見御所の簀子縁。

階に足を掛けながら、杯の酒を一気に飲み干した。

「……とうとう四回目になっちまったなあ。
おまえ抜きの誕生祝いが」

夜気が沁みる季節にもかかわらず、火の気のない暗闇でぽつりとつぶやく。




「……おまえももう二〇歳か。
堂々と酒が飲める歳だな。
なんか、想像がつかねえけど……」

記憶の中の望美は、相変わらず制服姿で笑っている。

こんな世界に飛ばされず、大学に入って、成人式をすませて、譲に振り袖姿を見せてやってるといいんだが……。




「……どうやら酒の相手は不要なようだな。
一人でにぎやかなことだ」

闇の中からゆっくりと姿を現したのは、知盛だった。

相変わらずの佇まいに、将臣は苦笑する。

「飲み仲間はいつでも歓迎だぜ。
まあ、お前が来て盛り上がるかどうかは微妙だけどな」

「その役は、あちらにまかせる」

「?」




座り込んで、黙って酒を飲み始めた知盛の背後に、経正と敦盛が立っていた。

「敦盛! 珍しいな」

「今宵は体調がよいので、兄上と一緒に月を見ようかと」

はにかんで笑う敦盛を、経正が穏やかな眼差しで見つめた。

「おお。つまみも何もないが、月は見放題だ。
ちょうど雲も切れたしな」

将臣に促されて、二人は簀子縁に出る。

愛用の琵琶を傍らに置いて座ると、経正は言った。

「将臣殿は、毎年恒例の酒宴ですね」

「ん?」

「将臣殿は、如月と文月に必ずお一人で飲まれると、兄上が」

敦盛が言葉を添える。




知っていたのか……と驚きながら、将臣は経正の杯に酒を注いだ。

「まあ、記念日みたいなものだからな。
別に一人でいたいわけじゃない。
いや、むしろにぎやかなほうがいい」

「では、私と敦盛で何か奏でましょうか」

「いや、それには及ば……」

申し出をありがたく断ろうとして、ふと将臣は思いついた。

「……あ~、経正、リクエストって、してもいいか?」

「陸……?」

「えすと……?」




しばらく後、雪見御所に聞き慣れない音曲が流れ出した。




「おお! いい線いってるじゃねえか。
さすがだな、経正、敦盛。
和楽器だからメロディーがマイナーになるのは仕方ねえが」

「ま、将臣殿、これはいったいどのような曲なのですか?」

琵琶をかき鳴らしながら経正が尋ねる。

「祝いの歌だよ。
どこにいるかわからねえが、俺の大切な奴のための……」

敦盛の笛の音が高く遠く響く。



「Happy Birthday dear 望美……」



将臣は曲に合わせて小さく口ずさんだ。



琵琶と笛が奏でるHappy Birthdayの歌は、月に静かに溶けていった。






 

 
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