薄紅の想い ( 1 / 4 )
「これは鷹通殿のために。皆には内緒ですよ」
「母上……」
そう言って渡されたのは、母上が知人から贈られたという珍しい唐菓子。
薄衣にそっと包まれた「秘密」は、私がいつも押し殺そうとしていた感情を、ほんの少し和らげてくれた。
兄たちのもとに向かう後ろ姿。
それを覆い隠すように、薄紅色の雪片が舞い落ちる。
「……母上」
声に出すことのできない想い。
(……どうか……私だけを見てください……)
霞むように群れ咲く桜の中に、心の声が消えていった。
* * *
「鷹通さん?」
ひょいと顔を覗き込まれて、我に返る。
「! 神子殿……!」
「どうしたんですか? みんな先に行っちゃってますよ」
「……あ」
よく晴れた春の日。
藤姫の提案で怨霊退治を一休みし、八葉全員の親睦を深めるため、神子殿とともに仁和寺に向かっていた。
寺の御室桜はその高貴なたたずまいゆえに、京の花の名所となっている。
神子殿の希望で牛車には乗らず、私たちは野辺の花やうららかな日差しを楽しみながら歩いていた。
どうやら、気づかぬうちに私一人、ずいぶんと遅れていたらしい。
「申し訳ありません。つい……物思いに耽っておりました」
「何か心配事ですか?」
まっすぐに見つめてくる澄んだ瞳。
皆から離れた私を見つけ、走ってきてくれた優しい方。
「いいえ。昔……ここに花を見に来たことを思い出したのです」
「昔って、もしかして小さなころ?」
「そうですね。まだ六、七歳ぐらいだったと思います」
「へえ……。鷹通さん、きっとかわいかったんでしょうね」
にっこり微笑まれて、頬が熱くなる。
「そのようなことは」
「絶対そうですよ! お母さん、かわいがってくれたでしょう?」
(これは鷹通殿のために)
差し出された包みの甘い香り。
細く白い指。
「……そう……ですね。まるでわが子のように慈しんでくださいました」
「鷹通さん」
私を育てたのが、義理の母であることはすでに神子殿にお伝えしてある。
また、その母が実の母に勝るとも劣らぬ愛情を注いでくださったことも。
だが、気のせいか神子殿の表情は少し曇っていた。
「おい、あかね! どうした?」
「鷹通さん、何かありましたか?」
天真殿と詩紋殿が、遅れている私たちを心配して駆け寄ってきた。
すぐに、同じ時代から来た仲間同士の親しげな会話が始まる。
私はそれを一歩離れて見守った。
途中、神子殿がちらりとこちらを見たような気がした。
* * *
「うわ〜、うまそうだな!!」
「詩紋はこのところますます腕を上げたようだね」
涎を垂らさんばかりのイノリを見ながら、友雅殿が言う。
広げられた敷物の上には、色とりどりの料理が並んでいた。
「今日はせっかくのお花見だから、ちょっと頑張ってみました」
頬を紅潮させて、少し誇らしげな詩紋殿。
「ちょっとどころじゃねえだろう。徹夜しかねない勢いだったぜ」
「天真。余計なことを言うな」
調理の様子を見ていたらしい青龍の二人が、小突き合った。
「詩紋くん、大丈夫?」
気遣う神子殿に詩紋殿が満面の笑顔で答える。
「うん! すっごく楽しかったよ」
満開の桜の下にふさわしい、微笑ましい風景。
確かに、たまにはこのような時間を過ごすことも必要かもしれない。
幼い藤姫の行き届いた心遣いに感謝しながら、私は口を開いた。
「では、詩紋殿のお心尽くしを皆でいただくことにいたしましょう」
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