突然の恋 ( 2 / 2 )
ぱくんと木さじを口に含む。
温かくて優しい味。
戻ってきた譲くんは、私が落ち込んでるのに驚いたようだった。
「…食べられそうですか?」
「……食べてみる…」
ぱくんともう一口。
譲くんは、心配そうな顔で見守っている。
「おいしい」って言わなきゃ。
「ありがとう」って笑わなきゃ。
頭ではわかっているのに、鼻の奥がツンと痛くなってくる。
「…先輩、無理して食べること…」
ブルンブルンと頭を左右に振る。
声を出すと泣いてしまうから。
もう一口、頑張ってさじを運ぶ。
譲くんの気持ちがこもったおいしいおかゆ。
いつもならこれだけで心が明るくなるのに。
やっぱり……涙が出てきてしまった。
「先輩…!」
あわてて譲君が私の手から木さじと椀を取り上げる。
「どうし…?」
「譲くんの馬鹿…!」
泣き顔を見られたくなくて、彼の袖に顔を押し付ける。
「え? ど、どうしたんですか?」
「馬鹿、馬鹿」
どう考えても彼を責める理由などないのに、言葉と涙が勝手にこぼれ出した。
馬鹿馬鹿と言いながら、しがみついている私をどう扱えばいいのか、譲くんは困っているはずだ。
もう、怒って出て行ってくれればいいのに。
私なんか放っておいてくれればいいのに。
そう思いながらも必死で、彼の着物をつかんでいる。
行かないで。
一人にしないで。
「……先輩…」
そっと、彼が私の髪に触れた。
「……もし、俺が何かやってしまったなら、本当にすみません。どうすれば……泣き止んでもらえますか…?」
どうしてそんなに優しいの?
どうして私を怒らないの?
だから期待してしまう。
傷ついてしまう。
「……あんまり優しくしないで……」
「え…?」
小さなつぶやきは、しっかり聞こえてしまった。
ここでやめておけば、これ以上言わずに済む。
知られずに済む。
でも、走り出した気持ちは止まらない。
「幼なじみとか、龍神の神子とか……そんな理由で優しくされたくない…」
「先輩…?」
触れている着物越しに、戸惑いが伝わってくる。
もう口を閉じなきゃ…!
もうやめなきゃ…!
ぎゅっと目をつぶる。
「…じゃあ……」
しばらく後、譲くんがぽつりと言った。
「どんな理由なら、いいんですか?」
「!」
思わず自分の口に手を当てる。
やっぱりしゃべりすぎた。
これじゃバレバレだ。
「…な、なんでもない! ごめん、変なこと言って!」
背を向けて逃げようとする私の腕を譲くんがつかんだ。
「だめです。ちゃんと答えてください」
「や、やだ」
彼の真剣な顔が恐い。
やっぱり怒らせてしまった。
「俺はどういう理由なら、あなたに優しくしていいんですか?」
引き寄せられて、真正面から見つめられる。
思わず目をつぶる。
「先輩」
勝手に顔が赤くなっていく。
涙がまたにじんできた。
「…俺が……あなたを好きだから……。そういう理由でも、いいんですか…?」
「………え……?」
* * *
突然言われた言葉の意味がうまく理解できなかった。
譲くんは黙ったまま。
仕方なく、閉じていた目を開く。
目の前の譲くんは、怒ってなんかいなかった。
真剣な、切ない眼差し。
「…な…に?」
「理由です。好きだから。それならいいんですか?」
カアーッと、今度こそ私は真っ赤になった。
「そ、それは」
「答えて……ください」
静かな、大人びた声。
まっすぐな瞳を見つめ返す。
「……それ以外の…理由は…嫌……」
「それ以外の理由なんて、ありません」
ようやく、彼が柔らかく笑った。
その顔に見とれながら、ゆっくりと口を開く。
「…ほ…ん…と…?」
譲くんが困ったような表情になった。
「先輩、本当に気づいていなかったんですね。俺、白龍にまで見抜かれていたのに」
「え、ええっ?」
心底びっくり。
「もっとも白龍は、俺が星の一族だから神子を慕うんだと解釈しているみたいですが」
「あ、そっか。…まだあったね、理由」
私がうなだれると、譲くんが頬にそっと触れた。
「ほかに理由が何百あろうと、関係ありません」
胸がドキドキと高鳴りだす。
こ、このシチュエーションは、も、もしかして…。
「…先輩?」
譲くん、なんか声が色っぽいし…。
「…また赤くなってますよ。大丈夫ですか?」
いや、だから、原因は譲くんだから。
で、でも、告白した日にいきなりって早すぎない?
も、もちろん、嫌とかじゃないけど。
「先輩」
声が近づく。
あ〜〜、やっぱりこのシチュエーションは…!!
「ぐ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「やっぱりもう1回あっためたほうがいいですよね。ちょっと待っててください」
おかゆのお椀を持って譲くんが立ち上がった。
トントンと軽やかな足音が廊下を遠ざかる。
私はその音を呆然と聞いていた。
ど……
どうしてこんなときにおなかが鳴るの〜〜っ!!!!!
わが身のデリカシーのなさに、思わず茵に顔を伏せた。
譲くん、絶対あきれたよね。
最低だよ、私。
……でも、ちょっとほっとしたのも事実。
結局、告白は成功……したんだよね?
譲くんに恋しても、いいんだよね?
ほてる頬に手を当てながら、自問自答を続ける。
(…俺が……あなたを好きだから……)
(それ以外の理由なんて、ありません)
表情を、声を、一つひとつ思い出して、うれしさをゆっくりとかみしめた。
きっともうすぐ、また廊下をあの足音が戻ってくる。
そうしたら、今度こそまっすぐ目を見て言おう。
「譲くん、大好きだよ。いつまでも一緒にいてね」
最高の笑顔で、最高の喜びを込めて。
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