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たった一つの大切な嘘 ( 2 / 2 )

 



「あかねちゃん、これって……?」

「あ、詩紋くん、わかった? 
こっちの桜は葉っぱと一緒に咲くから、厨の女房さんたちに塩漬けをつくってもらったの!」

あかねが高坏の上で包みの1つを開くと、愛らしい桜餅が中から顔を出した。

「へ~! よく再現したな。コンビニのと変わらねえじゃないか」

天真が珍しく素直にほめる。

「コンビニのって……。天真先輩、情緒がないな~」

「いいの、いいの。天真くんとしては最高のほめ言葉だよね。
私が作ったのはお餅のほうだけだけど、全員分ありますからどうぞ召し上がれ!」

「皆様、白湯もこちらにございますわ」




藤姫が白湯の椀を回し、あかねが一人ひとりに高坏とさくら色の包みを渡す。

先ほどまで厨の外であかねを警護していた頼久も、恐縮しながら招き入れられ、八葉のうち五人がニコニコと微笑むあかねを囲んで座った。




「おや? 神子殿の分はないのかい?」

あかねの前に高坏がないのに気付いた友雅が尋ねると、

「材料がギリギリだったんで私はいいです。
あとでイノリくんや永泉さん、泰明さんにも持っていかなきゃならないし」

と、笑顔で答える。

「「神子ど…!」」

「「あかね…!」」

いっせいに自分の分を差しだそうとする八葉たちを両手で押しとどめ、「これはみんなへの感謝の品ですから」と、あかねはまた微笑んだ。

男たちはその笑顔のまぶしさに胸を打ち抜かれつつ、桜餅を大切に手に取る。




(神子殿、あなたのような主にお仕えできて私は…)

(神子殿のお心づくし、余すことなく味わわせていただ…)

(手ずから菓子を作るとは、まったく、君は私を飽きさせない姫…)

(あかねちゃん、がんばったんだね。僕も負けないように…)

(ほかの連中も一緒っていうのは気に入らねえが、ありがたく食わせて…)




「「「「「!!!」」」」」




「どうですか? 材料がもったいなくて味見ができなかったんですけど……」




少し不安げな表情のあかねに、友雅が最初に微笑みかけた。

「ああ、これが君の世界の味なのだね。
食べ慣れぬものではあるが、美味を堪能させていただいたよ」

鷹通が続けて口を開く。

「慣れぬ環境でこれだけの菓子を作られるのにはご苦労があったことでしょう。
神子殿のお心遣い、この桜餅の素晴らしい味とともに胸に染み入るようです」

詩紋が太陽のような笑顔で言う。

「あかねちゃん、すごいよ! こんなにおいしい桜餅が作れるなんて!
僕、負けないようにがんばらなきゃ! あとで作り方教えてね?」

天真も照れたように笑いながら

「ま、お前にしちゃ上出来ってとこだな。
久しぶりに向こうの世界の味を思い出したぜ。サンキュ」

と言った。

ひとり黙っていた頼久は、少し頭をひねりながら口を開く。

「神子殿、私のような者にまで、貴重な菓子をお与えいただきありがとうございます。
ただ、日ごろ食べ付けぬものゆえ、まさかこれほど塩辛いとは思いま……」




「え?」




「あ~! 葉っぱな! 
桜の葉っぱがちょっと塩辛かったかもな!!」


天真が大声で頼久を遮ると、

「うん、甘さと辛さをいっぺんに味わうなんて、今の京にはないお菓子だもん!
頼久さん、びっくりしたんだよね?!」


と、詩紋も続ける。

「いえ、私は…」

「ああ、頼久、神子殿のお相手はしばらく我々が務めるから、
この菓子を御室の永泉さまに届けてくれまいか」

「…は?」

「泰明殿には、後で私が届けましょう。
イノリの分は、天真殿にお願いしてよろしいですか?」

「ああ、もちろんだ。
詩紋、御室にはお前も付いていってやったほうがいいんじゃないか?」

「あ、そ、そうだね。じゃあ、頼久さん、早速行きましょう!」

頼久を引っ張るように、詩紋がバタバタと局を後にした。




それを茫然と見送った後、あかねがそっと友雅の表情をうかがう。

「……あの、友雅さん、もしかして……」

「どうかしたのかい、姫君」

優雅に微笑まれ、今度は鷹通を見る。

「大変素晴らしい味でしたよ、神子殿」

優しく笑われて、最後に恐る恐る天真を見ると、

「ばーか、俺が嘘ついてどうするんだ」

と呆れられ、あかねはようやくほっと溜息をついた。

「よかった! もしかして大失敗してたらどうしようって…」




(していたよ)

(していました)

(してたぜ)





三者三様のモノローグを心に浮かべつつ、最大限の笑みをあかねに向ける。




(頼久と永泉さまへの説明は、詩紋がうまくやってくれるだろう)

(あとでそれっぽく見える菓子を調達して泰明殿に届けねば)

(イノリの奴は一発殴ってでも協力させなきゃな)




さすが八葉、以心伝心。

打ち合わせなしでそれぞれが、己の役割を悟っていたのである。




「あ、そういえば私が来るまで、みんなで何を話していたんですか?
盛り上がっていたみたいですけど」

「ええ、楽しそうなお声が聞こえていましたわ」




あかねと藤姫の問い掛けに、三人は互いに顔を見合わせた。

視線で無言の推薦を受けた友雅が、再び微笑む。

「今日をどう過ごすべきか、皆で話していたのだが……
神子殿のおかげで最高の過ごし方ができたよ。
やはり我らの姫君は、いつでも八葉の道標となってくれるね」

「え……そう、なんですか?」




きょとんとした顔のあかねを、八葉たちは包み込むように優しく見つめた。




エイプリルフールについていいのは、罪がなく、皆がほほえましい気持ちになれる嘘。

ただし今回の場合は、騙した相手に絶対に嘘だと悟られないようにしなければならない。

とんでもなく塩辛かった桜餅のため、藤姫が驚くほどの量の白湯をガブガブ飲みながら、彼らは神子を囲んでエイプリルフールの日の残りを過ごしたのだった。








 

 
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