七夕の願い ( ２ / ２ )

「へえ～、願い事を短冊に、ねえ～～」

望美の説明を聞いて、景時が感心したようにつぶやく。

横では九郎が難しい顔で、

「望美たちの世界では、七夕をそのように祝うのか」

と考え込んでいた。

「く、九郎さん、単なる年中行事ですから。
起源はともあれ、今夜は楽しむつもりでお願いします」

禊ぎの水ごりにでも行きそうな様子を見て、譲があわてて口を挟む。




「宮中の行事としての七夕は耳にしたことがありますが、こんな形で僕らも参加できるなんて、素敵ですね」

早速短冊に何事かを書きながら弁慶が言うと、

「芸事の上達を願う行事と聞く。おまえもしっかりと願を懸けなさい」

と、リズヴァーンが優しい眼差しで望美を見つめた。

「はい、先生！」

「九郎、リズ先生は望美さんに言ってるんですよ」

身を乗り出して答える九郎を弁慶がたしなめた。

「望美は俺の妹弟子だ。師の言葉は俺に向けられたものでもある！」

「すごい理屈だね、九郎。それじゃあリズ先生もしゃべりにくいだろ」

書いた短冊をヒラヒラさせながら、ヒノエがからかう。




「ヒノエ、余計なこと……お、おまえ！！　
いったい何を書いている？！！」

「何ってオレの欲しい物だけど？　
神子姫様の唇、神子姫様のうなじ、神子姫様の……」

「そんなふざけたものを笹に吊るすことは断じて許さんっ！！」

刀を抜きかねない勢いで、九郎はヒノエを追いかけ回した。

その様子を眺めながら、譲がため息をつく。

「まったく。俺ひとりじゃとてもツッコミきれないよ」




「……神子は……何を願うのだろうか」

控えめだがよく響く声が聞こえた。

願いを書きあぐねたのか、筆を手にした敦盛が望美に問い掛けている。

「…私は……」

少しためらった後、望美はリズヴァーンのほうに向き直った。

「リズ先生、すみません。私、今夜の願い事はもう決めてあるんです。
剣のことでも、ほかの芸事のことでもなくて」

「すべておまえの望むままに……神子」

柔らかい色を浮かべた瞳に励まされて、望美は自分の願いを短冊につづる。

「神子……」

「へえ……」

「望美さんらしい願いですね」

敦盛、ヒノエ、弁慶が、覗き込んで感想をもらした。




「先輩、笹に吊るしますから渡してください」

踏み台に上がった譲が手を差し伸べる。

「一番お星様に近いところに吊るしてね！　よく見えるように」

「わかってます。こっちでは競争率低そうですから大丈夫ですよ、先輩」

笹のてっぺんに近いところに、望美の短冊が翻った。



「みんなが無事で、戦が早く終わりますように」



ヒュウッとヒノエが軽く口笛を吹く。

「早く元の世界に帰れますように……じゃないってことは、オレの花嫁の道も十分脈ありだね」

「ヒノエ。口を慎め」

踏み台から降りた譲が釘を刺した。

「そういう譲は何を書いたんだ？」

「お、俺は……」

ヒノエは譲の持っている短冊を素早く奪い取る。



「弓の腕がもっと上がりますように」



「………………」

「何だよ」

「……譲……これじゃ全然伝わらないぜ」

「何が！？」

「誰のために腕を上げたいのか、とか、腕を上げて誰の心を射止めたいのか、とか、ちゃんと書けよ」

譲の顔が急に赤くなった。

「か、神様にそんな注釈不要だろう！」

「おまえバカか？　神様じゃなくて、望美に伝えるんだろ？」

「！！！」

乱暴に短冊を結びつけ、怒って母屋のほうに戻ってしまった譲の背中を見送りながら、やれやれとヒノエは首を左右に振った。

「競い甲斐のない奴」




「弁慶さん、何を書いているんですか！？」

突然、望美の声が響いた。

ヒノエが振り向くと、望美が笹に吊られた一枚の短冊を手に赤くなっている。

そばでは黒衣に身を包んだ軍師が微笑んでいた。

「叶ったか叶わないかわからない願いでは、意味がありませんからね」

「で、でも……」



「明日の夕刻、望美さんと二人きりで桂川の畔をそぞろ歩けますように」



「こんなこと、直接言ってもらったほうが……」

「おや、いいんですか？　
さすが七夕ですね、もう願いが叶ってしまいました」




ヒノエはザーッと口から砂を吐く。

「大人げねえ……」

譲と二人きりの夕涼みを妬んでいたらしい叔父のやり口に、頭をうなだれた。




突然、涼やかな風が吹き、京邸の軒先に飾られた笹の葉をザワザワと鳴らす。

それぞれの願いを込めた短冊が、譲と景時手製のさまざまな飾りの間で風に揺れた。

知らず知らず、全員が笹を見上げている。




「みんなが、会いたい人に必ず会えますように……」

望美は小さくつぶやくと、傍らの敦盛を見つめた。

「神子……」

「きっと叶いますよね、敦盛さん」

「そう……だな。そう願おう……」




夜空に広がる美しい天の川。

元の世界とは比べ物にならないほどの密度で煌めく幾千の星たち。

天空のシャンデリアに淡く照らされながら、望美は短冊には書かなかった真の願いを何度も何度も繰り返し胸に刻んでいた。



「今度こそ誰も失いませんように。
この手で運命を変えられますように」



大きな流れ星が一筋、夜空を横切って流れた。