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願いは夜空を越えて ( 2 / 2 )

 



「今ごろ望美さんたちは、あの家で笹を飾っているんでしょうね」

夜空を見上げながら弁慶が言った。

「そうね。きっと三人一緒に祝っているでしょうね」

朔がうなずくと

「あの世界なら、ぱーっと電飾飾ったり、笹を『らいとあっぷ』したり、いろいろできるんだろうな〜」

と景時がうらやましそうに言った。

今夜の「飾り付け奉行」は彼である。

「兄上、それでは『くりすますつりー』と同じになってしまいます」

「あちらでは、巨大な飾りを商店街に飾ったりして祝うようですよ。僕も『ほうむぺえじ』で見ただけですが」

「おお! もう始めているのか! 景時、勝手に上がらせてもらったぞ」

奥からにぎやかな足音を立てて近づいてきたのは九郎。

後ろには長身のリズヴァーンも続いている。




「ああ、いらっしゃ〜い」

「九郎、思っていたより早く抜け出せたんですね」

今日は宮中に呼ばれていたはずですが……と、弁慶が水を向けると

「用事があると言って無理やり出てきた。あの大天狗に近づかないほうがいいと言ったのはお前だろう? 弁慶」

「うんうん」というように、その場にいた全員が大きくうなずいた。

九郎以外は、鎌倉で源平の歴史書熟読済みである。




「リズ先生、こちらにどうぞ。短冊をご用意してあります」

「うむ」

朔に促されて、リズヴァーンが文机の前に座る。

しばらく黙考した後、墨痕くろぐろと描き出したのは見事な漢詩。

「さすがです! 先生!」

そばで食い入るように見ていた九郎が、感嘆のため息をもらした。




「そういえば弁慶殿、ヒノエ殿はいらっしゃらないのですか?」

朔の投げた素朴な疑問に、弁慶は苦笑する。

「望美さんがいない京に興味はないみたいですね。僕のところに、短冊だけ送って寄越しましたよ」

「短冊?」




弁慶が差し出した紙片には



「神子姫様がオレのもとに帰ってきますように」



という内容が、ヒノエらしい闊達な文字で書かれていた。




「残念ながらこの短冊は却下です。構いませんね、弁慶殿」

「ええ、僕はいっこうに」

「あ〜もう〜、みんなも変な願い書いちゃ駄目だよ〜」

「『武士の世』は構わんか? 景時」

「弁慶殿、あなたの短冊の内容もヒノエ殿とあまり変わらない気がするのですが」

「おや、心外ですね、朔殿」



* * *



京らしい湿気を含んだ風が、ざわっと笹の葉を揺らした。



「望美と譲殿、将臣殿が幸せに暮らしますように」

「平家の皆が穏やかな時を過ごせるように」

「太平の世が続き、民が豊かになりますように」




夜空を横切る天の川の下、集った誰もが長い髪とまっすぐな瞳の少女、生真面目な少年と豪放磊落な青年を思い出していた。

彼らがもたらしてくれた平和と、防いでくれた悲劇の数々を。




京の七夕の夜は、名残惜しげに更けていった。




* * * * *




「これでいいのかい、敦盛」

「はい、兄上。大変美しいと思います」

南国の降るような星空の下、笹の葉の間に煌めく繊細な絹布や象嵌細工。

「あり合わせのものばかりだが、少しは神子殿があつらえたという笹に似ただろうか」

「あのときの飾りはもっとずっと簡素でしたから。むしろ、『くりすますつりい』に似ている気がいたします」

「ああ、お前が神子殿の世界で見たという細工だね」




異世界から帰還した敦盛は、和平が無事成った後、平家一門とともにこの島に移り住んでいた。

穏やかな経正の指導の下、日々の暮らしもようやく落ち着きつつある。

「こ、この願いはいったい何なのですか! 知盛殿!」

「……騒がしい」

声のする方向を見ると、短冊を振り回して怒る惟盛と、だるそうに寝転んでいる知盛がいた。




「惟盛殿?」

「ああ、経正殿、お気になさる必要はありません。兄上が書かれた『願い』が、惟盛殿のお気に召さなかったようなのです」

ゆったりと優雅に解説するのは重衡。

その重衡を、惟盛はキッとにらみつけた。

「知盛殿だけではありません! 重衡殿、あなたの短冊も何なのですか! 『すべての姫君の微笑みを私に』って、意味がわかりません!!」

「ああ、あなたには少々早すぎたかも」

「そういう意味ではありません!!」




「その……知盛殿の願いは何だったのだろうか……」

控えめに敦盛が尋ねると、惟盛がバンバンバンと三枚の短冊を縁台に並べて見せた。



「酒」

「獣」

「血」




「……ハブの生血酒でも飲ませりゃいいんじゃねえのか」

と、将臣がいたらつっこんでいただろうが、生憎平家につっこみは不在である。

「……これは……」

「知盛殿、狩りにでもお出になられれば……?」

「平家再興と福原遷都以外にどんな願いがあるというのですか〜っ!!」

「……静寂…」

「一文字で表すなら、やはり『恋』でしょう」



* * *



海の匂いを運ぶ風が、笹の葉で涼しげな楽を奏でる。



「神子と譲、将臣殿にご多幸を」

「平家の行く末が穏やかなものであらんことを」

「親子、兄弟姉妹、夫婦、恋人たちが、戦で引き裂かれることのない世を」




満天の星空の下、人々は誰よりも平家を思って戦った青年の笑顔を思いだす。

彼が守りたかった少女と、弟の姿も。

今はただ、すべての人に幸せを。

かつての都人たちは、静かに祈りを捧げる。




南国の七夕の夜は、穏やかに更けていった。







 

 
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