鷹通さんのお誕生日 ( 1 / 3 )
「誕生日……ですか?」
「はい。鷹通さんのお誕生日。もうすぐですよね」
あかねの言葉をしばらく吟味した後、鷹通は「ああ」と声を上げた。
「神子殿がいつかおっしゃっていた、『生まれた日』のお祝いのことですね」
「そうです! ……って、鷹通さん、呼び方戻ってますよ」
「あ、し、失礼いたしました、あかねさん」
この世界に来てからすでに9カ月。
鷹通は普段、あかねを「あかねさん」と呼ぶようになったが、話題が京のことになると、しばしば「神子殿」が復活する。
それを耳にするたび、あかねは目の前の鷹通がまた狩衣姿で微笑むような気がするのだ。
優しく、優雅に。
「あかねさん?」
「あ、す、すみません。それで、天真くんと詩紋くんが一緒にお祝いしようって。
詩紋くんの家のリビングを提供してくれるそうなんです」
「それは……! 私などのために申し訳ございません」
鷹通は現在、詩紋の自宅と同じ敷地内にある詩紋の祖父の家に間借りしている。
近いとはいえ、あちらの家を訪ねることはあまりない。
「ううん、だって本当ならお誕生日は、家族の人にも祝ってもらうんですから。
少しでもにぎやかなほうがいいでしょう?」
あかねの顔が少しだけ曇った。
この優しい少女は、鷹通自身が何度否定しても、この世界に鷹通を連れてきたことを気に病んでいる。
その想いを知ってか、鷹通はあかねの頬にそっと触れた。
「……それならよかったです」
「え?」
「あちらにいる間にあなたの誕生日が巡ってこなくて……。
ご家族の祝福がない誕生日は、あなたにはお辛いでしょう?」
「!」
瞳に宿る、柔らかい光。
「私は、そもそも経験したことがありませんから、祝っていただくだけでもうれしいのですよ」
「……鷹通さん」
いきなりあかねが涙ぐんだので、鷹通はあわてた。
「あ、あかねさん?」
「もう……ダメです。鷹通さん、優しすぎるんだもん」
「そのようなことは……」
少しためらってから、鷹通はあかねをそっと引き寄せる。
「私からすれば、あなたのほうが何倍もお優しいですよ、あかねさん」
「私なんか全然……」
「私のために涙ぐんでくださいました。ありがとうございます」
「もう……っ」
ギュウッと抱きついて、ポロポロと涙をこぼすあかねの髪を、鷹通は愛おしげに撫でた。
* * *
「ま〜、誕生日が12月22日だと、こっちでは間違いなくクリスマスとまとめて祝われてたよな」
「あっちだって、12月は29日まででしょう? お正月と一緒にされちゃいそう」
そんな会話を交わしながら、天真と詩紋がリビングのレイアウトを変えている。
「だから〜、向こうには誕生日っていう考え方がないんだから関係ないよ。
さっきから言ってるじゃない!」
キッチンでジャガイモの皮を剥きながらあかねが口を出した。
「わ〜かってるって。たとえばの話だろ」
天真が手を挙げて応える。
「日本中の人がお正月にいっせいに歳を取ったなんて、なんだかすごく大雑把だよね。
四季の移ろいにあんなに敏感な人たちなのに」
詩紋が不思議そうにつぶやいた。
「あの時代はバタバタ人が死んだからな。生きて正月越えるのがすごくめでたかったんだろ。
ほれ、クッション!」
「て、天真先輩、いきなり放り投げないでよ!」
二人の会話を聞きながら、あかねはあらためて不思議な思いに打たれる。
平安時代を思わせる異世界に降り立ったこと、そこで戦ったこと、そして……。
(あなたとともに、生きたいのです。神子殿)
流れるような美しい黒髪と、深く穏やかな眼差しの公達。
優しく聡明なあの男性が、すべてを捨てて自分のそばに来てくれたこと……。
「あかね?」
「あかねちゃん?」
カウンターキッチンの向こうから、天真と詩紋が不思議そうに顔を覗かせていた。
「えっ?! あっっ!!?? な、何?!!」
「うわ、包丁持ったまま暴れるな!」
「あかねちゃん、落ち着いて!」
ドタバタと大騒ぎをしながら、それでも料理やケーキ、テーブルの準備が整っていった。
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