ただひとつの願い ( 4 / 5 )
御簾越しに見える月が高い。
夜が更けてきた。
隣の部屋に床を延べた譲くんが、
「じゃあ、俺はすぐ隣にいますから、何かあったら呼んでください。遠慮しないでくださいね」
と言って立ち上がろうとした。
私はその袖を掴む。
まるで子供だ。
「先輩…?」
譲くんが不思議そうに問い掛ける。
私は顔が直視できなくて、うつむいたまま言った。
「……行かないで」
「え…?」
「ね…眠るのが…怖いの。一人だと……また、あの世界に戻ってしまいそうで…」
「先輩…!…」
「…わがまま言ってごめんなさい……でも、一人で寝たくないの……」
「…!……」
しばらく沈黙があった。
やがて、ふうっとひとつ溜め息が聞こえる。
「……まったく……仕方のない人だな」
私の願い事を聞いてくれる前に、譲くんが必ず言う言葉。
顔を上げると、彼が何とも言えない表情で見つめていた。
「……確かに、10分ごとにあなたがちゃんといるか確かめに来るよりはいいですね」
「そんなことするつもりだったの?」
「俺も……不安なんです。あなたが消えてしまうんじゃないかって」
「譲くん…」
はあっと大きく溜め息。
「でも、あなたと一緒に寝て、その……何もしないというのも拷問に近いな」
「え……あの……」
「いいんです。今夜は小学生に戻ったつもりで、一緒に寝ましょう」
「…わ、私は……」
真っ赤になってその先を言おうとした唇に、譲くんの長い指が触れた。
「俺は、あなたがここにいてくれればそれでいい。もう消えないで、そばにいてくれれば」
「譲くん…」
彼の気持ちが嬉しくて、また涙がこみあげてくる。
「ああっ、先輩、でも、俺からもお願いがあります」
彼があわてて言う。
「え?」
「小学生に戻る前に、俺にちょっと時間をください」
* * *
重なる吐息。
触れ合う唇。
熱く絡み合う舌。
茵の上で夢中になって抱き合いながら、より強く、より近くにお互いを引き寄せる。
その時間があまりに情熱的だったので、私は思わず
「譲くん、小学生に戻らなくてもいいんだよ?」
と、口走っていた。
彼は苦笑すると、
「俺の必死の努力を無にしないでください」
と言って、いったん身体を離した。
「さ、もう寝ましょう。……望美ちゃん」
「!!」
ふわっと腕の中に包み込まれ、私は本当に小学生に戻ったような気分になった。
「大好きだよ、譲くん」
「俺も、大好きです。…望美ちゃん」
「そう呼んでくれるなら、ずっと小学生でもいいな」
「……それは勘弁してください…」
クスクス笑いながら、広い胸に頬を寄せる。
温かさと安心感で、私はあっという間に眠ってしまった。
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