ただひとつの願い ( 1 / 5 )
真っ白な空間をあてどなく漂っていた。
ふんわりと温かく、心地よい空気に包まれ、もう何も考えず、この大気に溶け込んでしまいたい -- と、何度も思った。
実際、手や足の指の先は消えかかっているような気がした。
感情も、記憶も手放し、この世界と同化する。
その欲求をギリギリでひきとめていたのはあの声。
「嫌だ!! 行かないでくれ!! 先輩!!!」
悲痛な譲くんの叫び。
彼と、あの世界を救うために取った行動に後悔はないけれど、最後の最後に譲くんを悲しませてしまったことがつらい。
「世界なんて、そんなものどうなってもいい!!」
「あなたと引き換えにできるものなんてない!!」
胸を引き裂くような、彼の声がよみがえる。
ありがとう、そんなに大切に想ってくれて。
ごめんなさい、あなたの想いに応えられなくて。
もし、あんなことになっていなかったら、平和を取り戻した京でまた一緒に買い物したり、花を見に出掛けたりできたのだろうか。
私の横で微笑む譲くん。
春の陽だまりのような温かさ。
手をつないで、小さな発見や喜びをわかちあいながら野辺を歩き、腰を下ろして季節の移ろいを感じる。
考えてみれば、この世界に来てからの年月、いや、自分が譲くんを好きなのだと自覚してからの日々、そんな風に過ごせたことはほとんどなかった。
今、平和になった世界で、彼は心穏やかな時間を過ごしているだろうか。
許されるならほんの1日でもいい、数時間でもいい、会って、話して、お礼を言って、「大好きだよ」と抱き締めたい。
そう考えたら、涙が出てきた。
とても大気の中になど消えられない、人を恋うる切ない想い。
突然、まわりの空気がざわめき、大きなうねりを作り始める。
異世界に飛ばされた時に似た、激しい流れ。
私を飲み込み、消し去ってしまう力。
翻弄されながらも、私は必死で手を伸ばす。
「譲くん!!」
消えたくない!
「譲くん!!」
もう一度会いたい!!
流れにもまれる私の手を、力強い手がつかまえた。
* * *
「先輩…!」
夢の世界から引き戻されても、手のぬくもりは消えなかった。
「先輩…」
気遣わしげなやさしい声。
長い長い間、聞きたくてたまらなかった声。
つうっと涙が流れる。
「…大丈夫ですか?」
目を開いた瞬間、すべてが消えてしまうのだとしても、私は彼を見たかった。
勇気を出して、少しずつ瞼を持ち上げる。
そこには……
「先輩…」
大好きな優しい瞳。
さらさらの髪。
広い肩。
「…譲くん…」
どっと涙があふれる。
「先輩?!」
「譲くん!!」
茵から起き上がって抱きつく。
「譲くん!!」
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