<前のページ  
 

視線の先 ( 3 / 6 )

 

放課後。通い慣れた学校からの帰り道。

友達の噂話や、昨日見たドラマに関する他愛無い感想。その楽しさや喜びを伝えたくて、私の目は思わず辺りをさまよう。

いつもと何一つ変わらない風景。なのに、何かが欠けている。

映画を見て、かわいい子犬を見つけて、きれいな夕焼けを眺めて、そのたびに私の目は誰かを探す。

微笑みを交わす人。

受け止めるように強く見つめてくれる人。

なのに私の視線の先には、誰もいない。

これからもずっと……。

胸を締め付ける激しい喪失感とともに、目が覚めた。



その日の午後、私は土御門殿の庭に面した簀子縁で、足をブラブラさせながらぼんやりしていた。

今朝方の夢を思い返す。

泣きたいほど帰りたい元の世界。

でも、そこにはとても大切な何かが足りない。

あの日以来、鷹通さんと会うのがためらわれて、供もお願いしていなかった。

それであんな夢をみたのだろうか。



不意に、風が運ぶかぐわしい香りに気づいた。

吟味され、計算し尽くされた芳香。

その雅さが、訪問者の名を告げる。

「…友雅さん?」

透き廊を渡る足音が近づき、優雅な微笑みを浮かべた友雅さんが姿を現した。

「今日は香を変えてみたのだが、神子殿にはお見通しのようだね」

「こういう凝った香りは友雅さんだけですから」

すっと目を細めて笑うと、友雅さんは私の横にゆっくりと腰をおろした。



「さてと、今日は神子殿にお願いがあって伺ったのだよ」

手にした扇をパチンと閉じる。

「お願い…ですか?」

探るように見る私に、にっこりと微笑みかける。

「私の相方がねえ、きみからのお召しがないのをいいことに昼夜働き詰めなのだよ。このままでは同じ白虎として、どうにも体裁が悪い。もちろん、私だって自分の役目は果たしているよ。だが、あの男と比較されてはただの怠け者だ」

「え?」

いっぺんにもたらされた情報に、私はしばらく混乱した。

「えーと……鷹通さんが働き過ぎだってことですか?」

微笑みが深くなる。

「心当たりはないかな? あのままでは身体を壊しかねない」

私は顔色を変えた。

「鷹通さん、具合が悪いんですか?!」

思わず取りすがってしまう。

「それは……神子殿が直接確かめてはくれまいか。八葉に心を配るのも神子の役目だろう?」

そっと、宥めるように友雅さんが言った。



「今日は無理矢理屋敷に帰らせたからね。もっとも、どうせ仕事を持ち帰っているのだろうが…」

友雅さんに促されて、私は鷹通さんのお屋敷に向かっていた。前に一度だけ、物忌みのときに訪れたことがある、きれいな花が咲く端正な住まい。

ところがいざ門の前に立つと、私の足はぴたりと止まってしまった。

友雅さんが私の耳元にささやく。

「神子殿、京を鬼の手から解放する日が近づくにつれ、龍神の神子が暗くなっていては八葉の士気にかかわるよ。何より、きみの目がそこにいない人間を求めてさまようのを、もう見ていたくはないのでね」

「……!!」

真っ赤になった私ににっこりと微笑みかけ、

「では、あとは任せたよ」

と言い残して、友雅さんは袖を翻した。

あたりは夕映えに包まれ、すべてが橙色に染まっている。

おずおずとお屋敷に足を踏み入れた私は、女房さんの案内を断ってあの庭に向かった。

 
<前のページ