守護神 ( 3 / 3 )
結局、「後でクリームで塗り込められる範囲で」ケーキを切ってみることになった。
細く切り出した一切れを見て、将臣が息を呑む。
「おい、望美! クリームだらけじゃねえか! スポンジとスポンジの間にたっぷり入ってるのはともかく、なんで周りにこんなに塗りたくったんだ!!」
「だって、段差を埋めなきゃいけなかったから」
「……!!」
再び将臣が肩を落とした。
しばらく言葉を探した後、ようやく口を開く。
「望美、おまえ、譲が作ったのも含めて、これまでケーキを何十個も食ってきたんだろう? なんかおかしいとか思わなかったのかよ?」
「やっぱり手作りは違うなあっ…て!」
(この女、いっぺん殺すか)
将臣は、自分が一瞬殺意を感じたことに驚いた。
「じゃあ、食うぞ」
さんざん逡巡した挙げ句、2人は切り出した1切れを、半分ずつ同時に口に入れることにした。
パクンと食べた瞬間に広がる生クリームの味は、当然ながらバター風味。
それがたっぷりと塗られているので気持ち悪くなる。
救いを求めるようにスポンジに歯を立てると……
(って、なんでスポンジに歯を立てなきゃならねえんだよ)
将臣が心の中で一人つっこむ。
次の瞬間。
「うわっ! まっず~~い!!」
将臣が心の底から言いたかった言葉を、望美が先に口に出した。
「スポンジ固過ぎ! モソモソだし、それがバターとあいまって、何とも言えない気持ちの悪さを演出してるね!! こんなまずいもの初めて食べた!!」
(まあ、この正直さがこいつの取り柄なんだが)
ハキハキと自作のケーキのまずさを語る望美を見ながら、将臣は苦笑いする。
はあっと溜め息をついて、望美が呟いた。
「こんなもの食べさせられる譲くん、可哀想」
「…って、食わせる気かよっ!!」
立ち上がって抗議。
「え?」
驚く望美。
「いいか、俺らは1切れでこんなにダメージ受けたんだぞ! 譲に出してみろ、あいつ、命賭けてでも全部食べようとするだろ?! おまえは俺の弟を殺す気か!」
将臣の剣幕に驚きながらも、望美はうれしそうに言う。
「将臣くん! 譲くんのこと、ちゃんと心配してくれるんだね!」
「当たり前だ! あいつに何かあったら俺のメシが危うい!」
「…あ、そ…」
* * *
夜の10時。
ケーキを食べるには少し時間が遅過ぎたが、譲は切り分けられた大きなピースをきちんと平らげた。
「先輩、本当においしいですよ。初めてなんて思えない出来です。俺のためにこんなに頑張ってくれて、ありがとうございます。こんなにうれしい誕生日プレゼント、生まれて初めてです!」
今にも泣き出しそうなくらい感激している譲を見て、望美もやつれた頬を染める。
もちろん、譲が普段作る絶品ケーキに比べれば、スポンジも粉っぽくてザラザラしているし、デコレーションの生クリームも固さがまちまちで、決しておいしいとは言えない。
(だが俺は、おまえの命を救ってやったんだぜ)
2人の姿を見ながら、将臣は心で呟いた。
通算7個目でやっとどうにか食べられるケーキが作れたのは、将臣の指導のたまもの。
レシピをはしょったり自己流に解釈しようとする望美を叱りつけ、基本に忠実に、生真面目にきちんと段階を踏ませたのだ。
「あ、兄さんも少し食べないか? 俺だけ食べてるんじゃ申し訳なくて」
くるりと背を向け、その場から叫びながら逃げ出したかったが、放っておくと譲はホールケーキを全部食べるはめになる。
7個目とはいえ、そんな真似をさせるにはまだまだ危険な代物だ。
「ん、じゃあ、俺も少しもらうか。おい望美、おまえも食えよ」
(絶対いやっ!!!)
と、目が飛び出さんばかりににらむ望美を無視し、たっぷりと大きいピースを切り分ける。
(将臣くん、覚えてらっしゃい!!)
(それは俺の台詞だ!)
無言で火花を散らしながらテーブルを囲み、コーヒーカップを軽く持ち上げてもう一度祝いの言葉を口にする。
「譲くん、お誕生日おめでとう!!」
その夜、将臣と望美は胃薬無しでは眠れなかったという…。
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