選択肢 ( 3 / 3 )
「……財布はなくすし、私、最低だよ」
「先輩。でも、俺はうれしかった。今日、2人で出掛けたこと。こんなこと言ったら、不謹慎かもしれないけど、とても楽しかったです」
パーティの翌日、外出から帰ってリビングに入ろうとすると、2人の声が聞こえた。
「それとも、先輩は何かやり残したことでもあったんですか?」
「……ううん。……楽しかったかも」
望美の声が明るくなる。
譲もうれしそうに「よかった」と呟いた。
今まで、譲は本心を隠して望美に接することが多かった。
もっと自分を見てほしい、自分のことを気にかけてほしい……。
控えめな態度や物腰の中に激しい渇望感を滲ませ、それは痛々しささえ感じさせた。
だが……。
「譲」
夕食を作る譲の横に立って呼び掛ける。
「何?」
「今日、おまえ、望美と出掛けてたのか」
「…ああ」
少し不愉快そうに、手に持ったフライパンの野菜を揺する。
「……なんかおまえ、変わったな」
「え?」
意外な言葉に、譲は手を止めて将臣の顔を見つめた。
「望美と……本音でつきあえるようになっただろう」
「……どういう意味だ?」
「まんまだよ。よかったな」
背を向けると、「兄さん!」と呼ぶ声が追ってきた。
(駄目だ、譲。これ以上親切に教えてやる気はない)
将臣はふっと苦笑する。
(おまえは一応、まだ俺の恋敵なんだから)
* * *
もしも譲の変化が、「望美への気持ちが薄れた」証だと考えた人間がいたとしても、迷宮の最奥でその考えは完全に打ち砕かれただろう。
意識を完全に乗っ取られた望美が、剣を何度振り下ろしても、決して逃げず、耐え続ける。
「あきらめるわけないだろうっ!!」
血を流しながら立ち上がるその姿に、押し込められた望美の意識が呼び起こされた。
駆けつけた八葉全員にビリビリと伝わる強い想い。
「薄れた」のではなく、「大きくなった」のだと。
「請う」のではなく「与える」ようになったのだと。
すべてが終わり、八葉たちは元の世界に帰った。
将臣にも、高校生としての日々が戻ってきた。
今、望美の横を歩くのは、温かい笑みを浮かべる譲。
選択肢がいったいどこにあったのか、運命はどこで分かれてしまったのか、今となっては知りようもない。
(どうしてつきあわなかったのかなあ…)
「俺こそ聞きたいよ」
将臣は声に出して言った。
「え?」
「何でもない」
「ただいま」
玄関から譲の声がした。
「あ、お帰りなさ~い!」
望美がパタパタと走っていく。
「おまえ、人の家に来といてお帰りはねえだろう」
長い髪が揺れる背中に声を投げる。
(望美、譲、俺に取って一番大切なものの中の2つ。
俺はそれを失わずに済んだ。
だから……願いは叶ったと思うべきなんだろうな)
玄関から聞こえる明るい笑い声を耳にしながら、将臣は静かにそう思った。
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