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盛春逍遥 ( 2 / 2 )

 



時は流れ、即位式の日がやってくる。




「……大陸からの使者?」

「ええ、正式な手続きを踏んで、即位の祝辞を述べるため謁見したいと申し出てきました」

狭井君の言葉に、千尋と道臣は顔を見合わせた。

同席していた風早や忍人、柊も視線を交わしあう。

「私は、こちらのしきたりに従う限りは、受け入れるべきだと考えます」

「使者は……その、どんな人でしたか?」

千尋の質問に、狭井君は眉をひそめた。

「どんな、とは? 使節団を組んで来たのですから、若い従者から重鎮らしき方まで、さまざまな顔ぶれですよ」

「全員男性……ですよね?」

「長い船旅をされてきたのです、当然でしょう」

どうやら今回は夕霧は同行していないらしい。

ほっとしたような、がっかりしたような、複雑なムードがその場に流れた。




「……夕霧は、本国に報告するだけの役割だったのかな」

即位式の装束を着けた千尋が、控えの間で風早に問い掛ける。

「さあ、どうなんでしょう」

「きちんと国交を結べたら、また会えるかな?」

風早はクスリと笑った。

「千尋は夕霧が好きなんですね」

「だって、長いこと一緒にいた仲間だし、最後は驚いちゃってきちんとお礼も別れも言えなかったし……」

「二ノ姫! …いや、陛下、そろそろ刻限です」

忍人の声が響き、謁見の間へと続く幕が左右に開く。

「はい、わかりました」

千尋は立ち上がって一度深呼吸すると、足を踏み出した。




常世はもちろん、高志、毛野、葛城などの有力豪族たちが、次々と前に進み出て祝辞を述べる。

彼らが持参した貢物は、色とりどりの織物から、貴重な玉、精巧な工芸品、珍しい獣の皮までさまざまだった。

最後に、見慣れぬ衣をまとった一行が進み出る。

大陸からの使節を代表して、さらに前へ、千尋のもとへと歩を進めたのは、意外にも年若い青年だった。

深く垂れた頭から、よく通る声が響く。




「女王陛下のご即位、心より祝福いたします」

「「「「!!?」」」」




声の届く範囲にいた数人が、色めきたった。

千尋自身も軽く腰を浮かし、狭井君に諌められる。

聞きなれたものよりはかなり低いけれど、それはまぎれもなく……




「わが国の王より陛下に、こちらを。国の王たる方の証「金印」にございます。お納めください」

「あ、ありがとうございます」

恭しく金印を押し戴いて、近づいてきたのはまさに「彼」だった。

千尋の前に三宝を置きながら、そっと囁く。

(ま、千尋ちゃんと私が一緒になるのが一番早いと思うんやけどな)

「!!」

(怖いお人が剣二本抱えて睨んどるから、今日のところは諦めときまひょ)

青年はパチンとウインクをした後、頭を垂れて後ずさると、神妙な顔で言葉を継いだ。

「陛下の御世に吉事が重なります事を」

「……ありがとう……」



* * *



「……それであの後、夕霧とは何を話したんだ?」

数日後、満開の桜の下で忍人が千尋に問いかける。

大陸からの使節団は、すでに港を離れていた。

「いつかまた、大陸の使者として来るって言っていました。私が夕霧のことを忘れない限り」

「忘れようとしても忘れられないだろう、あれだけの存在感なら」

ため息交じりの忍人の声に、千尋は微笑んだ。

「でも、そのころには……あ、いえ」

「? 何だ?」

忍人にじっと瞳を覗き込まれ、渋々口を開く。

「……そのころには私の横に、剣を二本提げた人が当然のように立っているんだろうな…って……」

「……!」

千尋の肩に回した手を一瞬離した後、

「……なるほど」

と忍人は苦笑した。




今日、この場所に二人で来るまで、正面から伝えることはないと思っていた愛しい気持ち。

夕霧にはとっくの昔に見破られていたらしい。

「再会が何年後になるかわからないが……そうありたい、と思う」

「忍人さん……」

千尋はほんのりと頬を染めた。




「だがそのときは、たとえ女の格好をしていても君の私室への立ち入りは厳禁だ」

「え、そうなんですか?」

「当たり前だ。俺以外の男に……見られてたまるか」

「?! 忍人さん以上に見た人なんていませんって!」

「……風早はどうなんだ」

「それは、うんと小さいころには……って、どこまで気にしているんですか?!」

「自分でも驚いている……」

「忍人さん」




満開の桜の花の下、即位間もない女王と、二本の生太刀を携えた大将軍の会話は、まだまだ終わりそうになかった。





 

 
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