流星群の夜~鎌倉にて~
「あ~あ、これじゃさすがのペルセウス座流星群も流れようがねえな」
夜空一杯に広がる雲の合間に、ほんのわずかに顔を出している星を見上げながら将臣はつぶやいた。
連日の暑さが少し落ち着き、ロマンチックな流星を眺めるには絶好の夜。
しかし、昼間から続く曇天のためか、周りに人影はほとんどなかった。
波の音と、背後の道路を走る車の音だけが聞こえる砂浜。
一人寝転びながら、将臣は熊野で見た流星群を思い出していた。
「三人で元の世界に帰れますように」
長すぎてとても三回唱えるなんてできない願いを、望美は頑固に口に出し続けた。
「その願い事じゃ埒が明かねえから、『帰れますように』だけ繰り返しておけ」
「絶対に一緒に戻るの。だからここは省略できないの!」
そうやって夜明けまで、将臣と譲の手を握りながら必死に祈っていたのだ。
「…まあ、実際その願いを叶えちまったんだから、さすが神子様か?」
少し苦い笑みが口元に浮かぶ。
あんなにも願っていた帰還は、大切な人々との別れも意味した。
おそらくどちらを選んでも、幾許かの後悔は残っただろう。
それでも今、ここにいられてよかったと思うのは……。
「ああっ! 将臣くん、見つけた!!」
すごいタイミングで頭上から降ってきた声に、将臣は思わず身を起こした。
道路から浜に続く階段を、望美が転げるように走り降りてくる。
「おい、そんなにあわてるとこけるぞ!」
「大丈夫、大丈…キャアッ!!」
「望美っ!!」
危ういところで抱きとめた体は、やはり驚くほど華奢で、剣を振るって戦っていた姿が幻のように思えた。
「…ったく、どこまでもお約束どおりの奴だな」
腕の中で息を弾ませながら、望美がキッと将臣を見上げる。
「ま、将臣くんが悪いんだよ、バイトから全然帰ってこないんだもん!
お店に行ったらこっちに歩いていったって言うから…」
「お前、一人で捜しにきたのか? 譲が白髪になるぞ」
「お店までのつもりだったから。あ、でも浜に捜しに行くってちゃんとメールしたよ」
「……ということは」
「先輩っ!! 大丈夫ですかっ?!!」
再び海岸に大きな声が降ってくる。
「先ぱ……兄さん、何してるんだっ!!」
殺気さえはらんで、長身の弟があっという間に階段を駆け下りてきた。
「誤解だ、譲」
「あれ、譲くんも来たの?」
「一人で行かせちゃってすみませんでした、先輩。まさか店にいないなんて思わなくて。
何考えてるんだ、兄さん! みんなが待ってるのくらいわかってるだろ?!」
「……道路からじゃ、空が明るくて見えなかったんだよ」
「「…え」」
将臣が指差したほうを、望美と譲が同時に見上げる。
厚い雲の間に、うっすらと光る星々。
「…!」
「お星さま……? 将臣くん、そういう趣味あったっけ?」
先に気づいた譲が、ひとつ息をついてから口を開いた。
「……ペルセウス座流星群ですよ、先輩」
「あ…!」
熊野の漆黒の空を次々と流れる星たち。
絶望的に思える願いを、必死に唱え続けた夜…。
「残念ながら今年は見えねえな」
「流星群は一晩だけのものじゃないけど、できれば今夜見たかったな…」
残念そうに言う二人の手を、望美がギュッと握った。
「ううん、これは空からのプレゼントだよ」
「「?」」
将臣と譲の顔を交互に見つめ、望美はうれしそうに微笑む。
「また来年、ここで一緒に流星を見なさいって、空が私たちに宿題をくれたんだと思う。
今夜全部が叶うんじゃなくて、来年やりたいことが残るのって、何だかうれしくない?
私、今からもう楽しみだもん!」
「先輩…」
「あいかわらずおめでたいな、お前は」
コツンと頭を小突かれて笑った後、望美はまっすぐに将臣を見た。
「だから、来年のお誕生日にもこうやって空を見ようね、将臣くん」
「……まあな」
「兄さんも素直じゃないな」
あの異世界では、はるか遠くに霞んでいた未来。
明日の命や将来の夢。
それを取り戻すことができたのだと、あらためて三人は実感していた。
星に願いをかけずとも、来年の約束を交わせることの幸せを。
「……望美」
「何? 将臣くん」
「お互い来年は、大学生としてここに立っていような」
「ガーン」
「だ、大丈夫ですよ、先輩。夏休み中がんばりましょう! 兄さん、余計なこと言うなよ」
三年以上のブランクをあっという間に取り戻した兄と、なぜか年上の幼なじみの家庭教師を務めている弟は、落ち込む彼女を励ましたりからかったりしながら、家路についたのだった。
有川家のテーブルには、弟が腕によりをかけて作ったご馳走とケーキがスタンバイしていた。
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