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セカンド・ 〜草食系な彼、肉食系な彼女〜

 


「あ〜〜、失敗したなぁ……」

 望美は机につっぷして呟く。

「ちょっと望美〜、いつまでもくさってないで、お昼の用意してよ」

 そこへやってきた友達が、望美の頭にこつんとお弁当を乗せた。

 それでもまだ机にへばりついたまま、望美は視線だけ友達の方へやった。

「だってぇ……」

 さっきの英語の授業中、望美はグラウンドの譲を視線で追いすぎて、先生にあてられてるのにも気づかなかったのだ。

 結果、しばらく席のところに立たされてしまって……

「譲くんに見られちゃったかなぁ?」

「ま、そんな『春日先輩』もいいんじゃないの?」

「良くないよっ!」

 望美はガバッと体を起こす。

「も〜〜、恥ずかしくって譲くんと顔を合わせられないよ」

「は? そんなくらいで揺るがないくらい、有川弟は望美にぞっこんに見えるけどなぁ?」

「そ〜そ、きっと『そんな先輩もかわいくて好きです』とか言ってくれるんじゃないの?」

 一緒にお昼を食べている別の友達も会話に加わる。

「だいたい今さら何言ってんのよ〜」

 それぞれがお弁当を開けながら、会話は盛り上がって行く。

「そうそう、この間、有川弟が教室来た時だって、望美ったら慌て過ぎて机にぶつかるわ、人の荷物につまずいて転ぶわ、ぼろぼろだったじゃない」

「ぎゃ〜! 言わないでよぅ〜」

 思いだして頭を抱える望美。確かに譲が来ると、慌てるのだ。

かわいく女の子らしく、でも先輩らしくスマートにできる女性を演出しようと思うのだが、結果はだいたい失敗する。

彼を意識する以前はそんなことなかったと思うのだが、どうも最近思うように上手くいかない。

「だってね……いっこ下の譲くんが先輩の、しかも彼女の教室に来るって勇気がいると思うんだ。だから、せめてさらっと行動できるようにと思って……思って……」

「思って、ああなるのね」

「譲くんに嫌われたらどうしよう……嫌われてなくても、きっと呆れられてるよね!?」

 真剣にそう尋ねられて、回りは一斉に『ナイナイ!!』と思いっきり否定したが、望美は聞いてやしなかった。

「も〜、望美は心配しすぎじゃないの?」

「うんうん、あの時だってさっと教室入ってきて、望美を助け起こした彼、かっこよかったな〜」

「そうそう、なかなかそんな風にできないって」

「愛されてる証拠よね〜!」

 む〜〜と口をとがらせながら皆を見る望美に、友達は肩を竦めた。

「だいたい、望美のお弁当、毎日彼の手作り愛妻弁当なんでしょ?」

「そうそ、嫌われてたら毎日そんな手間なことできないよ」

「うっ……」

「ホント! フツーは逆だよねぇ」

「も〜〜、うらやましいたらないって……」

「そ〜そ、有川弟なら年下だって許せちゃうなぁ」

「うんうん、ウチらのクラスの男どもよりよっぽど落ち着いてて頼りがいあるし!」

「だいたい、将来のこと考えたらダンナは年下に限るっておねーちゃんも言ってたし」

「将来のこと? 年上だと早く定年になると困るから? とか?」

「うんうん、ウチお父さんとお母さん、年離れてるからさ、弟が成人する前に定年になっちゃうからどうしよ〜って言ってるよ〜」

「ま〜ね〜、そう言うのもあるけど……さ、ほらぁあっちの方がすくなくなっちゃうじゃん、どうしても年いっちゃうとね〜」

「あっち? あっちって、アレのこと〜〜!?」

 きゃ〜〜! っと、その場がにぎわって、周囲の視線が集まった。

「ちょ、ちょっと大声出しすぎ〜〜!」

 慌てて、その場を沈める友達を見ながら、望美はぽかんとした顔をした。

「えっと、何の話?」

「やだ、望美ったら、天然なんだから〜〜」

と、友達に肘で小突かれても、さっぱりピント来ていない望みをおいて、話は進む。

「も〜〜、アツアツのくせに、とぼけちゃって!」

「ね〜〜」

「でさ、望美と有川弟って、どこまで進んでるの?」

「当然、キスは済んでるんでしょ?」

 友達の視線を一斉に受けて、望美は食べかけの唐揚げを喉に詰まらせかけて咳こんだ。

「ちょ、大丈夫?」

「愛妻弁当がおいしいからって、むせるほど慌てて食べなくても、逃げないってば」

 横にいた友達が、望美の背をさすってくれた。

 けれど、まわりの話題はそれだけにとどまらない。

「お隣同士だもんねぇ、ふたりっきりになるチャンスも見つけやすいんじゃ?」

「え、それってやりたい放題よねぇ〜〜!」

「やだも〜、そんなあからさまな! で、初めてはどっちの部屋?」

「え〜、お隣だからって家って限らないじゃん?」

「そっか〜!」

「ちょ、ちょっと待ってよ!?」

 自分をおいてけぼりにして盛り上がる友達の会話に、望美はやっとストップをかけた。

「初めてって何の話よ〜!?」

「や〜ねぇ、望美ったら〜。今さらかくすことないじゃん」

げらげら笑いながら机をバンバン叩く友達に、望美は真剣に尋ねる。

「ホントにホントに、何の話?」

「え?」

 今度はその場にいた友達の方が、ポカンとした顔をした。

「その……まさかとおもうけどさ、望美たちってまだ清い関係……とか?」

 周りの視線を一身に受け、望美はもじもじとする。

「その…… エッチ ……まだしてないの!?」

「な、なななななな!?」

 友達は小声で言ったが、望美の反応が大きかったので、再び周りに注目される。

 望美は、慌てて友達の口をふさいだ。

「ちょ、ここ、教室!」

「え〜〜、だってぇ……大丈夫、みんなそんなに他人の話って聞いてないって」

 だから正直に言ってごらん! と、ポンポンと肩を叩く友達を、望美はにらむ。

「やだ、そんな怖い顔しなくったっていいじゃん。望美だって、興味ない話じゃないでしょ?」

 興味あるのはみんなだけでしょ!? と思うものの、言葉にならずにいる望美をほったらかして、話は盛り上がる。

「でもさ、キスくらいじゃ物足りないんじゃない?」

「そ〜そ〜、やっぱり付き合ってたら、いろいろしたいじゃん!」

「ふたりっきりでも、求められちゃったりしないの?」

「あ〜〜、年下だから遠慮しちゃってるとか!」

「確かに! それに有川弟って兄きと違ってタンパクそうだよね〜」

「うんうん、典型的草食系っていうか」

「かっこいいけど、ヘタレか……それじゃ物足りないよねぇ……」

「譲くんはヘタレじゃないもん!!」

 そこまで来て、望美が思わず口をはさむ。

「譲くんは普段は後方で見守ってくれてるけど、いざとなったらホントに頼りがいがあって、かっこよくて、男らしいんだから!!」

 友達の発言に思わず反論してしまう望美だったが、その後我に返って慌てて口をつぐむ。

 しかし、既に時遅しで、友達はみんなにやにやと望美を見ている。

「へ〜〜、ふ〜〜ん、で、かっこよくて男らしい彼はどうなの?」

「……ど、どうって……」

「そこまで言うんだから、キスも上手? 激しい?」

「え!? えええ!? と、ち、ちがっ……そ、ゆ〜んじゃ……」

「も〜〜、隠さない隠さない!」

「や、ホントに……そう言うのは、私たちはなくて……」

「マジで?」

「あ〜やっぱり遠慮してるのかな? 望美が年上だから……」

「も〜、さ〜、キスから先に進まないんだったら、いっそ望美の方からおし倒しちゃえば?」

「そうそう、そこは姉さん女房らしくね!」

望美は再び、咳こむ。これでは一向に食が進まない。

「キスだってまだなのに、そんなの無理っ!」

 思わずそう口走ってしまった望美に、友達はちょっと白けた顔をした。

「そんな剣幕で……隠さなくったっていいじゃん、ここだけの話だし」

 しかしこういう話は、大抵ここだけで済まないのが世の常だ。

 それに、ホントに何もないものは何もないんだから、話し様がない。

 なおも食い下がろうとする友達に、望美はきっぱりと言い放った。

「そ〜ゆ〜話なら、聞いて面白いことなんか、何もないから! いいの、私たちは清い関係で!」

 望美は案外こういう話には晩熟だ。

 真っ赤になりながら、もう知らないと言わんばかりに口を閉ざした彼女を見て、友達も肩を竦めるだけだ。

 そして、女子高生たちの話題は、すぐに新たな興味ごとに変わって行った。












 
 つづく…