砂糖蜜な二人 8 (2 / 2)
ヒノエが用意したのは、那智大社近くの林の一角。
祭りの際に炊き出しに使うところだそうで、小屋の中にかまどがある。
その横に板を張り、布を敷いて会食ができるようにしたのだ。
ヒノエに頼んだ食材を、譲が料理している。
程なく、法皇と女性の姿の怨霊が連れ立って現れた。
先日の非礼の侘びという名目で、ヒノエが招いたのだ。
「ようこそおいでくださいました」
「なに、珍しい料理が食べられると聞いたからの。楽しみにしておる」
「熊野の幸、堪能してください」
女性はどこか怪訝そうではあったが、川が近く、海から離れていることに安心したのか、法皇の隣に腰を下ろした。
料理を仕上げ、配膳が済んだらしく、譲が膳を運びはじめる。
朔と望美も手伝っていた。
自分は目立つだろうと、リズヴァーンは小屋の中に待機している。
それに倣い、敦盛も小屋の中から見守っていた。
二人も食べてください、と、膳が置かれているあたりが譲である。
怨霊退治が目的なのか、食事が目的なのか、問えば、両方だと笑顔で答えるだろう。
「ほう、これは珍しい」
海の幸をふんだんに使った刺身に煮付け。
山の幸を取り入れたてんぷらや、あんかけの炒め物。
汁物は貝に海草。
デザートはプリンに、砂糖菓子だ。
「ほれ、そなたも食べぬか」
「海のものは苦手で…」
少しは口にするものの、魚介類は避けているようだ。
煮物に添えた梅干にも、触れようとしない。
これで大丈夫なのかと、八葉たちが心配していた。
そんななか、譲と望美はマイペースにいちゃつきながら食事をする。
「先輩、大丈夫ですか?」
「あ、うん。昨日指を怪我したから、ちょっとつまみにくくて」
煮物を上手くとれない望美を、譲が心配そうに見詰める。
「ああ、なるほど。じゃぁ」
いいながら、譲が器を持ち、煮物を箸で取ると口元に運ぶ。
「はい、どうぞ」
「え、えっと」
「早く、落ちてしまいますよ」
「あ、うん」
ぱく、と慌てて口にいれる。
「おいしいですか?」
「うん、ありがとう」
じゃぁ、と次の料理を挟む。
「えっと、譲くんも、食べてね」
「ええ、頂いてますよ」
いいながらも、はい、あーん、と繰り返す二人。
周囲は無言で食事をしているが、それを見た法皇が真似を始めた。
「ほれ、そなたも食べるが良い」
「え、ええ、ですが恐れ多い」
「気にするでない、ほれ」
と、料理を差し出す。
一応口にいれたものの、やはり魚は苦手と答える怨霊に、ヒノエが心の中で青筋を立てていた。
「これが食後の菓子か」
「ええ、自信作です。ご堪能ください」
まずはプリンをそれぞれ口にし、その柔らかな甘さと味に感動した。
それに気を良くしたのか、法皇も女性も、もう一つの砂糖菓子を口にいれた。
「ほう、これはまた甘い」
法皇が驚いたように言う。
「そなたはどうじゃ」
と、横を向いたとき、異変が起きた。
女性の姿をしたものがうずくまり、ビクビクと震えだしたのだ。
グ…グア…
「な、なんじゃ!?」
さすがというか、危険回避本能が強いのか、法皇が飛びのく。
女性の姿だったソレは着物を着た大蛙になり、七転八倒してのた打ち回り始めた。
「予想通り、塩には警戒したけど、砂糖には甘かったな」
譲が冷静に観察して呟いた。
「そりゃ砂糖は甘い」
「油断って意味だよ」
「知ってる」
ヒノエと譲が掛け合い漫才のように言い合いながら、戦闘体勢を取る。
グァア ググ
けれど、蛙は一向に起き上がらない。
苦しげに呻き、体をひくつかせてはバタバタと動くだけ。
「毒を入れたのか」
「いいえ、私達が食べたものと全く同じです」
法皇の驚愕の声に、望美がきっぱりと答える。
互いの皿のものを食べさせあったでしょう?と望美が説明すると、納得したように法皇が頷いた。
「どういうことなのだろう」
敦盛とリズヴァーンが小屋から出てきて、不思議そうに怨霊を見る。
「蛙は塩がダメなんだよ。皮膚に掛けられると浸透圧…まぁ、要は皮膚から水分を奪われて死んでしまう。もちろん、体内に過剰に摂取するのもダメだから。海のものっていうのは、思う以上に塩分濃度が高いからね。蛙には危険なんだろう」
「だが、アレは海のものや塩気の強いものは、ほとんど食べていないだろう?」
不思議そうな九郎の声に、譲が説明をした。
「水分を奪うっていう意味では、砂糖は塩と同じ役割をするんです。
この時代、砂糖なんてほとんど出回ってないから、蛙の怨霊が知っているわけがない、と思ったんだけど。予想通りだ」
だからあえてほどよい甘さではなく、思い切り砂糖を使った、というかむしろ砂糖を固めて細工した砂糖菓子にしたのだと、譲がゆったりと笑う。
望美を侮辱されたのが、いまだに腹立たしいようだ。
魚介類や塩の料理は上手に避けたのに、砂糖菓子は疑いもせず口の中にいれて、飲み込んだ怨霊は、徐々に水分を奪われているようで体をビクビクと震わせている。
「短時間で砂糖を用意するのは骨が折れたけどな」
「お前も堪能できたんだから、いいだろう?」
ヒノエのボヤキに譲が答える。
「ああ、干からびてきましたねぇ」
弁慶もまた、のんびりと怨霊を観察しながら言った。
「あのまま蛙の干物が出来たら、薬材にできるでしょうか」
「怨霊ですから、毒にしかなりませんよ」
「毒ならば、それはそれで使い道があるのですが、それにすらならなさそうですねぇ」
「所詮身の無い怨霊ですから」
同じ種類の笑顔で言い合う弁慶と譲に、九郎が後ろを向いて座り込み『俺は何も見ていない何も聞いていない』と呟いていた。
「そろそろ見苦しくなってきましたし、封印しませんか?」
穏やかに、さらりと言ったのは朔だ。
さすが黒龍の神子。動じていない。
言葉を受けた望美は、分かっているのかいないのか、力強く頷いた。
「そうだね。朔、力を貸して」
「ええ、もちろん」
巡れ天の声
響け地の声
かのものを封ぜよ
キラキラと夏の木漏れ日のような光を放ち、怨霊は無事封印された。
「なんと見事な。これが白龍の神子の封印か」
感嘆した法皇が望美に視線を向けた。
が。
「先輩、すみません、食後に見苦しいものを見せて。気分が悪くないですか?」
「ううん、大丈夫。ありがとう譲くん。譲くんのおかげで、危険なく怨霊を封印できたよ」
「先輩が協力してくれたからですよ」
「私なんて、おいしくご飯食べただけだよ」
「先輩がおいしそうに食べてくれたから、あの怨霊も油断したんでしょう」
「そ、かな」
「ええ、いつもより笑顔でした」
「や、やだ。そんなに?」
「可愛かったです」
「だって、譲くんが食べさせてくれたから、もう、味わかんなかったよ」
「そうなんですか? すみません。じゃぁ、また後で作りますね」
「あ、うん。大丈夫。美味しいのは分かったから」
「俺が作りたいんです。…食べてくれますか?」
「もちろん」
きっちり二人の世界をつくり、糖蜜を振りまく二人に、唖然とした。
それこそ寄らば砂糖で固める勢いで、甘さを振りまいている。
「こ、これはまた」
「ああ、法皇もちゃんと分かるんですね。よかった」
「自分も隣に相手がいたから、今までは気付かなかったのでしょう」
驚く法皇に、ヒノエと弁慶が笑顔で告げる。
「まぁ、そんなわけで、まかり間違っても神子を欲しがったりしないでください。怨霊が相手よりも恐ろしい目に会いますので」
「…アレは怨霊とはいえ、愛いものであったな」
法皇が遠い目をしたのは、無理からぬことだろう。
「そなたたちは本宮に向かうのか?」
「ええ、ようやく道ができましたので。法皇様は?」
「余は那智大社で涼んでから行くとしよう」
山中の、川の近くの、木陰。
下手をすれば涼しいどころか寒いくらいの場所のはずなのに。
照りつける日差しとはまた違う熱を感じながら、法皇が呟いた。
ヒノエが法皇を那智大社へ案内し、他の面々でその場を片付け終わるまで、二人の糖蜜の壁は消えなかったという。
|