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砂糖蜜な二人 7 (2 / 2)

 



 説教モードに入った譲に、望美が慌てて言い訳する。

「あ、その、将臣くんを知ってるみたいだったから」

 その言葉に、譲が傷ついた顔をした。

「譲くん?」

「先輩が、兄さんを特別に慕っているのは知っていますが、あまりにも無防備です。
知らない人間についていくなんて、現代でだって、危険なんですよ? ましてやこの時代では」

「そんなことないよ!」

 譲の言葉を聞いて、望美が慌てて叫ぶ。

「そんなことありますよ。先輩みたいに可愛い女性は、特に気を付けなくてはいけないんです」

「そっちじゃなくて」

 譲に可愛いと言われて、望美がポッと赤くなる。

「将臣くんが、特別なんじゃないの。有川を探していたっていうのは、間違いじゃないんだけど」

 もじもじと、胸の前で指を弄りながら、望美が言う。

「譲くんを探してて」

「俺、ですか?」

 きょとんと目を瞬かせた譲に、望美が赤い顔で頷いた。

「油が切れそうだから、買ってきてって言われて。譲くんが市を良く知っているから、一緒に行くといいって。
それで、譲くんを迎えに出ようとしたんだけど、雨が降ってきて、慌てて木の下に入ったら、と…チモがいたの。
『有川譲』くんを探してるって言ったら、『ムサイ有川』なら知ってるって、案内してくれて」

 ムサイって、と、将臣が知盛を睨むけれど、相手は知らぬ顔。

「だから、将臣くんが特別なんじゃないの」

「だったら、どうしてこんな危ないことを」

 譲が困ったような顔で言うと、望美がごめんなさいと呟いた。

「譲くん、将臣くんのこと心配してたし、様子が分かれば安心するかなーって。ついでにあの怨霊を退治させれば、譲くんも楽になるし、普段のサボリの穴埋めにもなるかなぁって」

 譲くんに喜んで欲しくて、と、望美が可愛らしい顔で告げる。

 後ろではサボッてねぇ!と将臣が怒鳴るが聞いちゃいない。

「別に、兄さんを心配してたわけじゃないですよ。
ただ、兄さんがいれば、先輩が安心すると思っただけです」

 自分を思ってくれた望美の笑顔に、譲の頬に赤みが差す。

 ほんのりと赤い顔を隠すように、譲が眼鏡を押し上げた。

「でも、一人は危ないですから。でかける時は声を掛けてください。一緒に行きます」

「え?」

「あ、その。いつも俺が一緒じゃ、嫌かもしれませんが、」

 望美に聞き返されて、譲が焦ったように言う。

「譲くんが一緒で嫌なことなんてないよ! すごく嬉しい」

「そうですか?」

「うん」

 にこにこと微笑み合い、見つめ合う。

 濃密な空気が取り巻く二人に置いて行かれる男たち。

 空気が纏わりつくように感じるのは、雨上がりのせいではない。

 いっそ本当に置いて行けばいいのにと、その場を動けずに考える。

「知盛…………」

「チモ、だろう?」

 盛大な溜め息を漏らした将臣に、知盛がしれっとして答えた。

「あいつらの空気に、俺を巻き込むな! 抜け出した意味がねぇだろ!!」

「まぁ、少しばかり暑苦しいようではあるが」

「少しじゃねぇ!」

 ハタハタと着物の合わせを揺らす知盛に、将臣が怒鳴る。

「あー、もう。お前ら、さっさと帰れ」

「ひどーい」

「兄さんから情報を聞き出したらね」

 ぷぅと膨れた望美はともかく、ねめつけるようにこちらを見て言った譲の言葉に、将臣が固まる。

「情報って……」

 自分の立場がばれたのかと将臣が驚く。

 けれど、譲の発言は将臣の想像とはズレていた。
「怨霊や、異変について。連れもだけど、別々の方が情報を集めやすいって言って離れただろう。まさか、本当に全部俺たちに押し付けるつもりだったわけじゃないよな?」

 ニコリ、今度は冷ややかな笑顔。

 先ほどの蜜が少しだけ払われたような気がして、将臣が軽く息を吐く。

 それもどうかと思うけれど。

「あー、まぁ。んじゃ、俺らの宿に行くか。すぐそこだから」

「ん」

 将臣の案内に従って歩く。

 本当にすぐ近くに、こじんまりとした宿があった。

 借りている部屋の縁側に並んで座ると、譲は自分の持っている風呂敷に手を入れた。

「そうだ。喉が渇いていませんか? 市でスモモを手に入れたんです」

 風呂敷を隣におくと、笑顔で望美にスモモを差し出した。

「わぁ、おいしそう」

 良く熟れた朱色のみずみずしい果物に、望美が笑みを浮かべる。

「兄さんと、チモさんも」

 スモモを渡され、素直に受け取る二人。

「冷えてねぇな」

 ぬるい果物に思わず呟く。

「市で買ったばかりだからね。井戸があるなら、冷やすよ」

 将臣に答えた後、どうしますか?と望美を見る。

「大丈夫。常温の方が果物の甘さが良くわかるって言うし、おいしいよ!」

 一口齧った後、笑顔で望美が答える。

「もう、将臣くんは我侭なんだから~ チモでさえ、文句言わずに食べてるのに」

「別に文句言ってねぇ。てか、お前にだけは言われたくないと魂の底から思うのは何故だ」

「知らなーい」

 ケタケタと笑う望美を、譲が切ない眼差しで見つめる。

 たとえば、これが将臣相手ならばきっと、望美は遠慮なく冷やして欲しいと我侭を言うのだろう。

 自分がすることを望美は素直に喜んでくれるけれど、年下である譲に無茶振りすることはない。

 お姉さんだから、という意識が常にあるらしい。

 それは、弟としか見られていない証のようで、少しだけ悲しくなる。

 先輩と呼ぶようになってからは特にその傾向が強く、あるいは自業自得なのかと、内心自嘲するけれど。

 思春期に入って無自覚の内に意識し始めた望美が「好きな人(譲)には子供っぽいところや恥ずかしいところを見せたくない」からだということには、譲も望美自身も気付いていない。

 良くも悪くも続く、幼い頃からの習い性のせいで、互いに自分の気持ちも相手の気持ちも掴みきれずにいるのだ。

「譲くんは食べないの?」

 一人、スモモに口をつけていない譲を、二つ目を齧りながら、望美が不思議そうに見る。

「…そうですね」

 考え込んでしまっていた自分に苦笑して、スモモを入れた風呂敷に目を送ると、最後の一個が消えたところだった。

「あ」

「え?」

 譲の声につられて、望美もそちらを見る。

「っ、チモ! どんだけ食べてるの!?」 

 もっきゅもっきゅと口を動かす知盛に、望美が叫ぶ。彼の足もとにはスモモの種が散らばっていた。

「お前、遠慮を知らねぇのか」

「貴様に言われたくはないな」

 言い合いながらも、モクモクと食べる。

 その姿が小動物のようで、譲は苦笑交じりに笑みを浮かべた。

「ああもう。譲くん、これ、食べて」

 そ、と望美にスモモを差し出される。

「甘くて、おいしいよ。譲くんが選んだからだね」

 だから食べて、と微笑んで言われて、譲が照れたように笑った。

「譲くん? あ、齧りかけじゃ、嫌かな…」

 動かない譲に、望美が心配そうに言うと、譲が小さく首を振った。

「いえ…いただきます」

 そっと、あえて齧ってあるところに口をつけると、今更のように望美が赤くなる。

 齧って滴った雫を舌が追い、望美の指を舐め上げた。その感触に、妙に色っぽい譲の表情に、望美の顔が真っ赤に染まる。

「…甘い、ですね。ありがとうございます、先輩」

「あ、うん」

 再び赤くなって見詰め合う二人。

 上がる体温と気温。

 濃密になる空気。




「暑苦しくて、喉が渇く」

「だからスモモを食いまくったのか」




 ボソリと呟いた知盛に、気持ちは分かると将臣が溜め息を吐いた。

 隣で無自覚にいちゃついてる二人を横目で見ながら、早く帰ってくれないかと思う平家の大将たちであった。





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今回の犠牲者。将臣&チモ。知盛があまり表情に出さないため、あっさり風味になってしまいましたが『チモ』と呼ばれるハメになったのも、ある意味被害かと。










 

 
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