砂糖蜜な二人 6 (2 / 2)
目の前に現れたのは、大人の姿の白龍。
チャイナ服のような衣装を着ていて、ぱっと見、大陸の人のようだ。
にこにこと笑う白龍に、譲がぽかんとしたまま呟いた。
「白龍、なのか?」
問い掛けるというよりは、自分に言い聞かせるような声音だったが、白龍は素直にそうだよ、と笑った。
「初めて見た」
変わる瞬間をこの目で見たのは初めてだと、望美がこれまたパカンと口を開ける。
いつも、気付くと変わっているか、がけから落ちる時に変わっているから、見ることはできなかったからだ。
「何で……?」
「五行が満ちた。ここの気は強いから、神子が私に返してくれた五行の力と、この地の力とで、大きくなることができた」
「力が強くなったってことか?」
「そう。龍になるには足りないけれど、小さい私よりは強い。神子を守る力、増えたよ」
にこにこと微笑む顔と言動は、子供の姿の時と変わらない。
何より、目の前で見ていたのだから、白龍と認識せざるを得ない。
「え、と、白龍は、なにして」
混乱しつつも、日常に思考を戻そうと、譲が問い掛けると、白龍が笑顔で両手を差し出した。
「これを、神子に」
「私に?」
「珊瑚……」
売り物のように整えられていないけれど、それなりの大きさの桃色の珊瑚だ。
「神子は、これを気に入っていただろう? こちらに同じ気を感じた。神子の願いを満たす術があったから、取りに来た」
「嬉しいけど白龍、一人で行っちゃダメだよ。心配したんだから」
「そう、ごめんなさい」
しゅん、となる白龍の頭を、望美が背伸びして撫でる。
「でも、ありがとう。今度はちゃんと声をかけてね」
「? 声、かけたよ? 神子も譲も、はいって答えた」
全く覚えていない二人はほんのりと赤くなる。
「えっと、とにかくありがとう」
白龍が差し出している珊瑚を受け取ろうと手を伸ばしたら、白龍が首を振った。
「これは、譲に」
「は?」
面食らったのは譲だ。
白龍が望美に珊瑚を贈るのを、複雑な思いで見ていたので、自分に差し出されたことに驚いた。
「俺に? 先輩のために探したんじゃないのか?」
「うん。だから」
二人そろって首を傾げてしまう。
「朔が言った。神子に贈り物をする時は、譲に渡してもらうと、神子が喜ぶと」
白龍の言葉を聞いて、望美が真っ赤になる。
(朔ったら、気を回しすぎ~!!)
龍神温泉の宿で自分の気持ちを知られてから、朔は何かと協力してくれるけれど、これは恥ずかしい。
第一、譲にどう言い訳すればいい?
「譲もその方が安心すると言った」
真っ赤になって俯いている望美には、白龍のその言葉は耳に入っていなかった。
「あ、安心っていうか……」
「こうすれば、神子の願いが全て満ちる」
白龍に差し出された珊瑚を、譲が迷いながら受け取る。
「えっと、じゃぁ、俺がこの珊瑚を先輩が持ちやすいように加工するよ。白龍と俺からの、先輩への贈り物ってことで、いいかな?」
「うん。ありがとう、譲」
「いや、礼を言うのは俺のほうだから」
譲が苦笑しつつ、答えた。
「そろそろ宿へ戻ろうか。日が暮れてきたし、白龍が大きくなったことも、皆に説明しないと」
白龍にそう言って、望美に声をかけるけれど、無反応。
「先輩? 大丈夫ですか?」
顔を覗き込んで問い掛けると、ひゃぁっと奇妙な声が上がった。
白龍の発言にどうしよう、と赤くなったままぐるぐると考え込んでいた望美は、全く話を聞いていなかったのだ。
「先輩、大丈夫ですか?」
「な、何が!?」
「顔、真っ赤……」
「そ、それは、そう、夕日のせいだよ!!」
そうですか? と不思議そうにしつつも、元気が無いわけではなさそうなので、宿に戻ろうと、望美にも告げる。
「あ、うん、そうだね! 帰ろうか」
大丈夫だろうかと思いつつも、譲がゆっくりと歩き出す。とにかく、宿について休んでもらえばいいかと思いながら。
譲に手を引かれて望美もまたゆっくりと歩く。その隣を白龍がついてくる。ふと、望美は譲の手を見て呟いた。
「あ、珊瑚、譲くんが持ってるんだ」
言った後、先程の白龍の発言を思い出し、また赤くなる。
「はい。俺が加工して、白龍と俺からの贈り物ってことで……」
また同じ事を口にして、譲が言葉を止めた。
ふーっと大きな溜め息を零した譲に、望美が不思議そうに顔を上げた。
「譲くん? どうしたの? あ、もしかして加工が大変なら……」
「いえ、加工は大丈夫です。店に出せるようなものには出来ないかもしれませんが……」
「譲くんが作ってくれるなら、何でも嬉しいよ」
本心から出た言葉なのだが、譲は気を使われたと思って、ありがとうございます、と答える。
その表情に、どこか苦いものを感じた望美が、譲に食い下がる。
「本当に大変なら、いいんだよ? ムリしなくても、珊瑚そのままでも綺麗だし……」
これ以上譲に負担をかけたくないと懸命に言うと、譲が自嘲気味に笑った。
「譲くん?」
「そのまま……白龍から渡された方が、いいのかもしれませんね」
「え……?」
目をぱちぱちとさせて望美が譲を見詰める。
自分の余計な気持ちを見透かされたのかと不安になる望美。
不安げな表情を、心配させたのだと解釈した譲は、また深い溜め息を吐いた。
「その、ピンクの珊瑚は女性に似合う、といいましたけど」
店での会話を思い出した望美が小さく頷いた。
「うん。だから譲くんのお祖父さんも、お祖母さんに贈ったんだよね」
望美が微笑むと、譲がそうですね、と呟く。
「珊瑚は珊瑚自体、災難避けや病気護りなどのお守りなんですけど、色によって、少しずつ意味合いが変わるんです。
ピンクの珊瑚は純愛や忠誠、やさしさを宿し、恋人に純愛の証として贈るんだそうです」
「そうなんだ。だから、お祖父さんが贈ったんだね」
ステキだね、と望美が微笑む。
「だから…………」
どことなく沈んだ声で呟いた譲を、望美が不思議そうに見詰める。
「その……」
促すように見詰めると、じっと見詰められた譲がほんのりと赤くなって、顔を逸らした。
「白龍が先輩のために見つけた珊瑚を、俺が受け取って加工、なんて。白龍の純愛を穢してしまうような気がして……」
自分のこの醜い気持ちで、白龍の望美への純粋な愛情を阻んでしまうような気になってしまう。
そして、それを望んでいる自分も、いるのだ。
「そんなことないよ! 私だって、譲くんからお守りもらえたら、嬉しいもん」
白龍からでも、嬉しいけど、と慌てて付け加える。
「ですが……」
「……譲くんは、私に――愛がない、から、贈るの嫌かもしれないけど」
「違います! 先輩に愛を贈るのは、俺でありたいと思ってます!」
望美の悲しげな声に、反射的に叫んだ後、真っ赤になる。言われた望美も当然ながら真っ赤だ。
「あ、その、先輩は、大切な人、ですから」
「そ、そっか。幼馴染、だもんね」
ぎくしゃくしながらもお互い派手に頷きあう。
「だ、だったら、その、譲くんが作ってくれると、嬉しい。きっと、凄く良く効くお守りになると思う」
「そ、そうですか?」
「うん」
ほわほわと赤い顔のまま微笑み合う。
「うん。譲も神子にやさしくて純愛だから。きっと想い叶うよ」
横からにこやかに白龍が言うのを聞いて、我に返った二人は、道のど真ん中で立ち止まっていることに気付き、慌てて歩き出した。
「日暮れだってのに、なんでこう暑苦しいんだか」
「てか、息苦しい」
やっと居なくなってくれたと、安堵の溜め息を零したのは、大通りに店を構える人たちと、そこを行きかう人たちだった。
* * *
「それで、神子と譲は、ずっと手を繋いで歩いていたよ」
「そう」
白龍が今日あったことをあれこれ話している。聞いている朔は始終ニコニコ顔だ。
「朔に言われたとおり、神子への贈り物を譲に渡した」
「頑張ったのね、えらいわ、白龍」
「でも、朔に言われなくても、珊瑚は譲に渡したよ」
「あら、どうして?」
「神子は譲から珊瑚を貰いたいと願ったから。その願いを満たしたい」
「まぁ」
「朔、私は、神子の役に立てただろうか」
「ええ、きっと、喜んでいると思うわ」
白龍の頭を撫でながら、あとで白龍にお礼を言うよう、望美に伝えようと朔は思った。
譲は料理を作り、譲から休むようきつく言われた望美は、部屋で剣の手入れをしていて、この広間は二人がいない、涼やかな夕暮れのはずだったのに。
二人の行動を的確かつ丁寧に話してくれた白龍のおかげで、部屋の中の空気は濃密かつ温度上昇。
「二人だけで追い出した意味がねぇっ」
「今後は白龍を付けるのも止めた方がいいですね」
離れていたはずなのに、二人が撒き散らすアツアツの砂糖蜜をかけられる八葉たちだった。
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今回の被害者。八葉(主にヒノエ)と、熊野・勝浦の人たち(笑)
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