砂糖蜜な二人 4 ( 2 / 2 )
翌日、三草山から陣を引き上げ、帰る道。
敦盛は捕虜の列に並び黙々と進む。
時々不安そうに馬上の望美が振り返るが、同乗している譲に、あぶないですよと窘められていた。
「敦盛」
「ヒノエ」
「お前、何で大人しく歩いているんだよ。離れれば逃がしてやれるのに」
チッと舌打ちをするヒノエに、敦盛が苦笑する。
「私は一度滅んだ身。逃げるつもりはない」
「敦盛……」
敦盛の静かな声に、ヒノエが何も言えずにいると、前方から悲鳴が聞こえてきた。
「怨霊だ!!」
バッと体ごとそちらを向く。
「はぐれか!?」
叫びながらヒノエが前に向かう。
敦盛も後を追った。
馬から下りた望美と譲、景時が応戦している。
「ヒノエ、手伝え!」
「手伝えって、げ、土属性……」
「木属性の九郎さんは、軍の指揮で前方にいるから」
言いながら望美が剣を振るう。
「朔が呼びに行ってくれてるから、それまで何とか!」
ヒュン、と音を立てて矢が飛ぶ。
金属性の譲の攻撃は、そこそこ効いているらしい。
「私が行く」
敦盛が静かに前に出るので、望美が慌てた。
「ダメですよ、敦盛さん。敦盛さんは水属性。相克です!」
「だが、アレは私を追ってきたのだと思う。それならば、私が相手をしなければ」
「怪我人のくせに、何を言ってるんだ!」
譲がトン、と敦盛を押す。
加減をしただろうそれは、敦盛の体を揺らし、後方へ下がらせ、敦盛はヒノエに当たって止まった。
「だが、怨霊は」
「あーもうっ 景時さん! 西天、行きますよ!」
「え?ちょっと、譲くん!?」
行き成り技の名前を言われて、景時が焦る。
だが、これ以上引き伸ばすと、敦盛が無理をして、怪我をして、望美が心配すると考えた譲は、強行した。
「大丈夫です。俺と景時さんならできます!」
「いや、出来るって言われても」
「俺と景時さんは仲良しですよね」
「う、うん」
「絆、上がってますよね」
「ばっちり」
「先輩を戦わせたくないですよね!」
「それは譲くんだけ……じゃないです。はい、望美ちゃんを戦わせるなんて論外です!!」
譲が笑顔のまま青筋を浮かべたので、景時が慌てて言う。
「はい、景時さん。同時に攻撃ですよ」
「御意~」
幸いにして、兵士たちは怨霊から逃れるべく遠くに離れているので、会話は聞こえない。
情けなく肩を落とす景時を見られることも無かった。
金属性の大掛かりな攻撃は効いた様で、怨霊の姿が霞む。
「よし、封印するよ!」
封印の呪文を唱え、怨霊が光になって龍脈に還る。
敦盛はその様子を呆然と見ていた。
「先輩、大丈夫ですか?」
「うん。譲くんが守ってくれたから」
ありがとう、と微笑まれ、譲も照れたように笑った。
「今のは貴方が……?」
敦盛の呟きに、そちらに顔を向ける。
「はい。怨霊を封印しました」
「封印……」
「龍脈の流れに還すそうだよ。怨霊に対する、唯一の救いだって聞いた」
譲が説明すると、そうか、と敦盛が呟いた。
「私は怨霊を救いたい。貴方がそれを成せるのならば……貴方と共に戦おう」
「ほ、本当!?」
「ああ」
「それは源氏に付くということか?」
ようやく現れた九郎が、敦盛に問い掛ける。
「ああ。一門と道を違えることになろうとも、私は怨霊を鎮めたい」
「だったら、いいんじゃないかな。平家から源氏に来た人は、何人もいるでしょ?」
「そうだな。確かにこちらに付くというのならば」
「ああ、私は神子に付いていこう」
敦盛がこくりと頷く。
そうして顔を上げると、目の前では砂糖が乱舞していた。
「譲くん、ありがとう。譲くんがいろいろしてくれたから、敦盛さんも無事仲間になってくれたよ」
「先輩の力ですよ。彼を見つけたのも、彼が源氏につくことを決意したのも、先輩の力です」
譲が優しい笑みを浮かべて言うと、望美はゆっくりと首を振った。
「ううん、譲くんが助けてくれなかったら、何もできなかったもの。
敦盛さんを見つけたときも、今の戦いだって、譲くんがいたから直ぐに終わったんだし」
「先輩が封印してこそ、怨霊は救われる。貴方の穢れない力に彼も惹かれたんでしょう」
「そんな……」
恥ずかしそうに赤くなる望美に、譲が小さく呟いた。
「ちょっと、悔しいけれど」
「え?」
ぽつりとした呟きが聞き取れず、望美が首を傾げるので、譲が赤くなって言い訳をした。
「先輩はとても魅力的だから……心配、かなって」
「心配って?」
「いや、その、先輩が……他の人と仲良くするのは……淋しいかな、と」
「どうして?」
「……俺と、あまり一緒にいられなくなるんじゃないかと」
「そんなことないよ! 譲くんと一緒にいるのが、一番嬉しいもん!」
「そ、そうですか?」
「うん。譲くんが居ないなんて、考えられないよ」
きゅ、と手を掴んでくる望美の可愛らしさに、譲が真っ赤になる。
「譲くんが一番だから……」
ふわんと微笑んだ後、自分の言った言葉に赤くなる。
「あ、えっと、一番近くにいる人だから!」
「ええ、そう、ですね」
幼馴染ですし、と譲が赤い顔で言うと、望美もまた頬を紅潮させてこくこくと頷く。
「だから、離れたりしないでね?」
ちらりと上目遣いで甘えられ、譲が笑み崩れた。
「はい……」
頬を染めて、けれどはっきりと答えた譲に、望美も嬉しそうに微笑んだ。
「えっと……」
「無駄だ」
声をかけることが出来ずに視線をさまよわせる敦盛に、ヒノエが深い溜め息を零した。
「では、俺は兵士たちを纏めて、先に進む」
「僕は後方の兵士を取り纏めましょう」
「じゃ、オレは捕虜たちを……リズ先生、朔を頼んでいいかな?」
「問題ない」
源氏三人組がその場をそそくさと離れていく。
「京に戻ったら譲くんのご飯が食べたいな。あ、でも疲れているよね」
「このくらい平気ですよ。何が食べたいですか?」
「うー、どれもおいしいから迷っちゃう」
「買い物に行く時間はなさそうですから、とりあえずあるもので作りますね」
いつの間にか話が進み、いちゃいちゃとそんな会話をしている。
いつになったら終わるのか分からない会話を、止めたのは白龍だ。
「神子、譲。みんな行ってしまったよ」
ぽふんと二人に抱きついて、白龍が言う。
「あ、やだ」
「急ぎましょう」
兵士が進軍しているのを見て、二人が慌てる。
「大丈夫だ。ゆっくり戻れば良い」
リズヴァーンの言葉に、そうですか? と望美が首を傾げた。
「うむ。直接景時の邸に帰るよう言われている」
「そうなんだ。じゃぁ、行きましょうか」
再び馬に乗る面々。
譲が望美を乗せ、リズヴァーンが朔と白龍を乗せる。
必然的にヒノエが敦盛を乗せた。
そうして再び始まる蜜色の光景。
「譲くん、ごめんね、疲れているのに」
「先輩こそ、封印して疲れているでしょう? 眠ってもいいですよ」
薄衣の上からそっと望美の頭を撫でる。
寄りかかって、と促されるが、望美は首を振った。
「だめだよ、そんな。譲くんに甘えてばっかりじゃ」
「俺は先輩を甘やかしたいんです」
「だって、疲れちゃうよ」
普通に馬に乗っていても疲れるのに、眠っている人間を支えて馬を走らせるのは大変なはず、と望美が言う。
「先輩に甘えてもらえるのが、俺の喜びなんです。どうか、俺を喜ばせてください」
「譲くん……」
赤い顔を隠すように、望美が譲の胸に顔を埋める。
「……あったかいね」
すぅ、と寝息を立て始めた望美を、譲が愛しげに抱きしめた。
「神子と譲は恋仲なのか」
「本人たちは否定するけどね」
納得したように頷く敦盛と、うんざりしたようにため息を付くヒノエ。
京邸までの道のりが、譲には短く、ヒノエには果てしなく長く感じるのだった。 .
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