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親鳥 ( 2 / 2 )

 



ことんと、マグカップをテーブルに置く。

「はい、コーヒー」

「あ、す、すみません!」

リビングに通してコーヒーを出しても、譲は相変わらず背筋を伸ばしたままだった。

「……譲くん? どうしたの?」

首を傾げて顔を覗き込むと、譲の顔がすごい勢いで赤くなる。

「い、いえ、何でも」

「ないわけないよ。顔、真っ赤だし」

「そ、そうですか?!」

声まで裏返っている。

(やっぱりどうでもいいときに赤くなるんだよなあ……)




望美が心の中でうんうんと頷いていると、譲が決意したように姿勢を正した。

「あの、先輩」

「なに?」

「お……俺が、先輩をずっと好きだったってことは、言いましたよね」

「うん」

望美はにっこり微笑む。

自分の鈍感さを呪ったものの、それはやっぱりうれしい告白だったから。

「……その……俺、毎年渡していたチョコも、本当は……本当は俺の心が伝わればいい…って、願いを込めて作っていたんです」

「!」




考えてみれば当たり前のことなのに、言われて初めて望美はこれまで譲が渡してくれたチョコの数々を思い出した。

かわいらしくておいしいバレンタインの一番の楽しみ。

「……そう……だったんだ……」

望美の反応に、譲は苦笑する。

「……ただ、あくまで友チョコってことだったので、先輩が気楽に食べられるようにいろいろと……抑えてました」

「抑える?」

「あんまり大仰なものにしないように」

「でも、十分おいしくて、とってもきれいだったよ?」




譲がキッと顔を上げて断言する。

「俺の想いはあんなものでは表しきれません!」

「……え…?」

これまで背中に隠していたらしい大きな風呂敷包みを譲は取り出した。

結び目を解くと、中から出てきたのは三段の重箱。

(お、大きい……)

望美の額に一筋の汗が流れる。




「あ、もちろん全部食べてほしいなんて言いません。
それぞれの段にテーマがあるので、好きなのを選んでもらおうと思って。
試作品はこの何倍も作ったんですが、絞りに絞ってようやくこの量になりました」

「ゆ、譲くん、気合い入りすぎだよ」

「いえ、まだまだです!」

譲は大真面目に答えた。

「さあ、どうぞ」と言われて、重箱の蓋に手をかける。

中から現れたのは……




「うわあ……!! 春……だね!! きれい!!」

桜をかたどったピンク色のチョコをベースに、紅白の梅、スミレ、菜の花の形のチョコレートの花々が咲き競っている。

「あえて和風にまとめてみました」

「うん! なんか、京の春を思い出すね! 
すごくきれい!! あ、もしかして……!」

上の段を外すと、天の川と星々を再現した夏の空が現れた。

かわいらしい銀河鉄道の列車まで走っている。

「!!! ……すごい……」

「これがアルビレオ。ほら、二重星になっているでしょう?」

「うんうん、わかる! どうしよう、すごくうれしい!!」




最後の段からは、紅葉と、秋の実りがこぼれだした。

もみじやイチョウの葉の形のチョコ。

かわいらしいドングリや栗もある。

「……そっか、サツマイモはなかったものね」

「そうですね」

いつの間にか、異世界での四季の思い出を語り始めている。

譲も、そのつもりでそれぞれの重を作ったのだろう。




三つの重をリビングのテーブルに並べて見渡すと、望美はつぶやいた。

「……冬は、ないんだ」

「………先輩が、辛そうだから」

「…………」

雪の思い出は、いつでもあの屋島での悲劇につながる。

鎌倉には幸いあまり雪は降らないが、白いものがちらついただけで、望美の顔が曇るのを譲は見てきた。

望美にとってはまだほんの数カ月前に起きたばかりの、あまりに辛い出来事。




「……でも、来年は作ってもいいですか?」

「え?」

顔を上げると、譲が穏やかに微笑んでいた。

「これから来年のバレンタインデーまでの1年間、楽しい思い出をたくさん作って、先輩の中の『冬』もすっかり染め直しますから」

「……譲くん」

「クリスマスも、お正月も、ずっと一緒に過ごせるでしょう?
冬も悪いものじゃありませんよ」

「……うん」

一粒こぼれた望美の涙を、譲は指でそっと拭った。




「じゃあ、どれにしますか?」

明るい声で譲が言う。

「え?」

「三つのお重。好きなのを選んでください」

「ええ?! 全部もらっちゃ駄目?」

「さすがにこれだけ食べるとニキビができますよ。
賞味期限も5、6日だし」

「だって、選ぶなんてできないよ。どれも素敵すぎて」

う~んと唸って考え込んでいた望美の顔が、パッと輝いた。




「そうだよ! 2人で一緒に食べればいいんだよ!
2日で1段、半分ずつ食べればそんな量にならないでしょ?」

「……はあ……」

気乗り薄の譲の声を聞いて、望美は顔の前に指を立てる。

「半分ずつって言っても私が1人でほとんど食べちゃうと思ってるでしょ?」

「い、いえ、そんなことは……!」

「大丈夫! 厳密に半分コにするから」

「?」

疑問符を頭の上に浮かべている譲の前で、望美は春の重の中にある、スミレの形のチョコレートを手に取った。




「あ、それは1つしかないですから」

「今度は私が先だからね」

「え?」

カシッと前歯でスミレの花をかじり、「おいしい!! これ、香料が入ってる~!」と満面の笑みを浮かべる。

その笑顔にほっと一息つくと、譲は口を開いた。

「コーティングしているチョコにスミレの香料を入れたんです。
くどくならないよう、ほんの少しですが。
喜んでもらえてうれ………え?」

目の前にスミレの花の半分が差し出される。




「……先輩?」

「はい、半分コ。あーんして」

「えっ?! な、何を……!!?」

「さっきは譲くんがやってくれたでしょ? 今度は私の番」

カーッとすごい勢いで譲の顔が赤くなる。

さっき自分で意識せずにやっていた行動の分も合わせて、恥ずかしくなったらしい。

「あの、先輩、その…!!」

「はい、あ~ん!」

「あ………あ~ん……」

覚悟したように目を閉じて、真っ赤な顔で口を開ける。

(どうしよう! すっごくかわいい!!)

譲の口にチョコレートを入れながら、望美の頬も桜色に染まった。




「おいしいよね!」

「は、はい……」

譲をニコニコ見つめながら、望美は春の重を手に取る。

「あと、1個しかないのは菜の花と、紅白の梅と……」

「せ、先輩、それ全部半分コするつもりですか?!」

「当たり前じゃない! 
紅白の梅は明日にとっておいて、次は菜の花ね」

「せ、先輩~~」

もはやうれしいのやら辛いのやらわからなくなってきた譲が、情けない声を出した。

「なあに?」

「あ、あの……」

「譲くん、大好き!」

「!!」

「じゃあ、菜の花いきます!」

「……はい……」




これから6日間続くらしいこのセレモニーを、自分は乗り切れるのだろうか……と、再び口をあ~んと開けながら譲は思った。




Happy Valentine’s Day!!






 

 
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