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幼なじみの焦燥 ( 2 / 2 )

 



「先輩?」

閉じていた目蓋越しに、顔に影が落ちたのがわかる。

ゆっくり目を開くと、日差しを背に譲が立っていた。

「昼寝……ですか? 風邪ひきますよ、こんなところで」

望美は身体を起こしながら、少し心配そうな声に微笑んでみせる。

「寝てたわけじゃないよ。この木陰が気持ちよかったからちょっと寝転がってただけ。
譲くんは用事、済んだの?」




南斗星君の庭園の端にある陶製のベンチ。

傍らに立つ大きな柳の木が日除けの役割を果たし、風が吹く度に地面に木漏れ日が踊る。

「用事……ですか? ああ、弓の稽古はひととおり終わりました」

望美の横に腰を下ろすと、譲はにこりと笑った。

その笑顔にあまりうまく応えることができず、望美は目を逸らす。

「何か楽しそうだったね。頼久さんも勝真さんも熱心に教えてたし」

「え? 先輩、見てたんですか?」

「……うん」

「先輩……?」

前を向いたまま黙りこんでしまった望美に、譲はどう声をかけるべきか迷った。




「……ここには朔も白龍もいないし、女の子は先輩一人だし、ちょっと寂しいかもしれませんね」

ようやく思い当たった理由を口に出す。

「俺なんかじゃ慰めにはならないかもしれないけど、何か役に立てることがあったら……」

「いいの! こんなの私のわがままだから気にしないで」

「わがままなんかじゃ」

「わがままだよ! 私、譲くんが一生懸命いろんなことを勉強しているのを見て、すごく偉いなって思っているんだよ! でももう一方で……」

「……え? 俺……ですか?」

話題がどうやら朔や白龍じゃないらしいことに、譲はようやく気づいた。




「もう一方で……なんか、……寂しいな…って」

望美はがっくりとうなだれた。

前髪が顔に落ちて、表情がよく見えなくなる。

「そんな! だって俺はいつも一緒にいるじゃないですか」

「いないよ」

「今もこうして……」

「詩紋くんと廚でお話しして、鷹通さんや幸鷹さんにお習字習って、頼久さんと勝真さんに弓を教えてもらって……すごく忙しそうなんだもん」

「……!」




あまりに意外なことを言われて、譲は言葉に詰まった。

京にいるころから、そばでいろいろと世話を焼いたり小言を言ったりして、望美にはむしろうるさがられていると思っていたのに。




「……あの……もし……俺が先輩に寂しい想いをさせてしまったのなら……すみませんでした」

おずおずと口を開くと、望美が頭を激しく左右に振った。

「だから謝らないで! 私、自分で自分が嫌になるから……」

自己嫌悪で頬を染めている望美に、譲はゆっくりと話しかける。

「……この……天空の世界にいる限り、源氏と平家の戦況は進みません。
だから俺、少しだけ中休みの時間がもらえた気がして……。
もちろんほかの神子たちを助ける戦いはしなきゃなりません。
でも、この思いがけない時間を使って、ほかの八葉たちから学べるものは学んでおきたいと思ったんです」




ようやく、望美が顔を上げて譲を見た。

「……でも、これは夢だから、向こうで目が覚めたらここでの出来事は全部忘れちゃっている可能性が高いって弁慶さんや先生が言ってたよ」

「……そうは言っても、夢の内容って完全にはなくならないでしょう?
欠片だけでも残っていれば、向こうで役立つかもしれない」

目を大きく見開いた後、望美は微笑んだ。

「譲くんって、本当に真面目なんだね。私も少しは見習わなきゃいけないな」




「……真面目なんじゃありません。……焦ってるんです」

「え?」

ベンチから立ち上がると、譲は柳の木を見上げる。

一番そばにいながら、役に立てることが少なくて、力不足ばかりが感じられて……。肝心なときに最後まで守り抜くことすら、今の自分には多分できない。それが歯がゆくて……。

「……だったら譲くん」

声と同時にツンツンと袖を引っ張られた。




「はい?」

「一緒に散歩しない?」

「散……歩?」

望美がにっこりと微笑む。

「怨霊退治でも、用事を足しにいくんでもない本当のお散歩。
向こうでも滅多にできなかったでしょ? 
せっかくの『中休み』なんだから。ね?」

「……はい……」

「よし、決まり!」




するっと望美の小振りな手が譲の手の中に滑り込んでくる。

「ごめんね、タコとかでゴツゴツしてるけど」

「そんなことない! 俺は先輩の手、好きですよ」

「あ、ありがとう」

「あ、す、すみません、いきなり……」




お互いに頬を染めた後、南斗宮の庭園の出口へと歩き出す。

「えへへ~! ついに譲くん独り占めに成功!」

望美がうれしそうに言った。

「先輩」

「だって、競争率高いんだもん。
放っておくと、天真くんとか将臣くんにも取られちゃいそうだし。
天白虎も油断ならないし」

「その言葉、そのままお返しします……」

「え?」

「何でも。じゃあ、西のほうに行ってみましょうか。
もうほとんど怨霊は出なくなっていますから」

「うん! 西は秋のエリアだよね! 楽しみ!!」




たとえこの時間が夢の終わりとともに消え去ったとしても……。

現世の狭間に儚く霞んだとしても……。




「あ! 見て見て! きれいな鳥!」

「先輩、足元気をつけてください」

「うわあ、夕焼けがすごく鮮やかだね」

「ええ。俺たちの鎌倉を思い出しますね」




つないだ手の温かさ、伝わってくる心の温もり、まぶしい笑顔の記憶だけは、心のどこかにしまっておきたい……。

戦いの合間のほんのひとときのやすらぎ。

その時間が少しでも長く続くことを、二人は強く願っていた。








 

 
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