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俺だけを見て ( 2 / 2 )

 



「なんだ、家の前で愁嘆場か?」

「!」

顔を上げると、呆れたような顔で兄さんが立っていた。

「おい、望美、人んちの前で有川家の優等生の評判落とすようなことするなよ」

「……ま、将臣くん?」

先輩が涙でぐしゃぐしゃになった顔を向けると、兄さんはぷっと噴き出した後、持っていたタオルを無理やり押し付けた。

「お前、面白い顔しすぎ。写メしたくなるだろうが」

「だ、だめだよ!」

「しねえよ。で、家に入るのか入らないのか、どうすんだ?」




その言葉に我に返った先輩は、俺の顔を見て、自分の持っているショッピングバッグを見て、兄さんの顔を見た。

「望美?」

「は、入らない。今日は帰る!」

そう言って一目散に自宅の玄関に向かって走り出す。

「先輩! 走ると危ないですから!」

「大丈夫!!」

ガシャーンと門が開閉され、続いて玄関のドアの音が聞こえた。

俺は先輩が消えた方向に手を伸ばしたまま、ぼうぜんと立ち尽くしていた。




「あ~あ、タオル持って行っちまった。ま、あの顔のまま家に飛び込むよりはマシか」

「兄さん」

俺が決まり悪そうに顔を向けると、

「あいつが持ってたのは、さしずめ俺の誕生日プレセントってとこか?
一緒に買い出しに行ってたんだろ?」

と、ニヤリと笑ってみせる。

何でもわかっていて、それをわざわざ俺に知らせてくる。

こんなところが俺は……。




「先輩には言うなよ。サプライズで渡したいって言ってたんだから」

「毎年の行事にいちいちサプライズしてられるかよ」

門を開けるため、こちらに向けた広い背中を思わずにらみつけた。

何でもわかっていて、それなのに肝心なことだけはあえて聞かない、言わない。

さっき先輩が泣いてた理由も、とっくにわかってるって言うのか?




「まあ、こんな行事もそろそろ終わりかもな」

ポケットをかきまわして家の鍵を探しながら、兄さんが言った。

「……え」

「江ノ島に行ったとき言ったろ? 俺は家を出るって」

「兄さん!」

「こればっかりは早く生まれた特権ってことで、お先に失礼するぜ」

「!? 何がこればっかりは、だよ! 兄さんはいつもいつも」

ガチャっとようやく鍵が開き、開いたドアを背に、突然兄さんが俺をまっすぐ見た。

「……そのほうがお互い楽だろ? 仲よしこよしもそろそろ限界だ」

「!!」




静かな眼差し。

この人は……そのときに先輩に言うつもりなのか?

いや、もっと前に……?




ふっと表情を緩め、兄さんが苦笑した。

「やめろよ、その、親の仇でも見るような眼」

「……」

「ああ、親の仇じゃなくて恋仇か」

「そんな言い方」

「事実だろ」

「……」




いつから。

いつから俺たちは先輩と同じ目で彼女を見られなくなったんだろう。

兄弟が一緒に楽しめればよかった時代は、いつ終わってしまったのだろう。

激しい渇望が常に突き上げてくる。

(どうか)

(どうか)

俺は無言のまま、兄さんの後について家の中に入った。

リビングのソファに鞄を置き、大きなガラス越しに隣家を仰ぎ見る。

(どうか)

決して伝えることができない言葉だとしても、心は叫び続ける。

(どうか俺だけを見てください)




もう家族のように過ごす時間は終わってしまったんです。

兄さんを純粋に慕うことなんてできない。

なぜ兄弟に生まれてしまったのか。

なぜ俺は……弟なのか。

心の中の声は日増しに大きくなり、俺を苛み続ける。

それが決してかなうことのない願いだとしても。




「俺だけを見てください。どうか、兄さんに微笑みかけたりしないで……」




想像の中のあなたは、驚きから悲しみへと表情を変えた。

そう、こんな言葉はあなたを傷つけてしまう。

さっきみたいに泣かせたりしてはいけない。

すべてを胸の中に閉じ込め、決して出さないようにしなければ。




俺はこぶしを固く握り、両目をぎゅっと閉じて、何に対してかわからないまま祈った。

この想いが、堰を切って溢れだすことがありませんように……。





 

 
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