「もしも」遊び ( 1 / 3 )
「ねえ、譲くん、私はジェットコースターに乗りたいな」
「いいですね。水の中に突っ込んでいくやつとか、夏場には楽しいですよ」
「あとね〜、ソフトクリーム食べながら観覧車に乗るの」
「飲食禁止じゃなかったかな? でも、話をしながらゆったりできるのはいいかもしれない」
「男子はゴーカートとかも好き?」
「俺はむしろコーヒーカップとか、くるくる回るものに乗ってみたいですね。先輩、はしゃぎそうだから」
「そ、それは……はしゃぐと思うけど…」
「いいんですよ、そういうときは思いっきり騒いで」
「譲殿、望美、どこにいるの〜?」
「あ、こっちだよ、朔!」
腰かけていた大きな庭石からピョンと飛び降りると、望美は大きく手を振った。
「もう日が陰ってきたな。そろそろ夕餉の支度にかからなきゃいけませんね」
そう言いながら、譲は懐から襷を出す。
慣れた手つきで袖をまとめる様子を見て、望美は
「やっぱり何か手伝わせてほしいな」
と背の高い少年を見上げた。
料理を手伝いたい……と言わないのは、お互いいろいろと学んだ結果だ。
「じゃあ後で配膳をお願いします」
「うん、まかせて!」
「ごめんなさい、何か話していたところだったのね」
楽しそうな二人に近づいてきた朔は、申し訳なさそうに言う。
「ううん、ちょうどいいタイミングだったよ」
「そうですね。あんまり続けてもつらくなるし」
「つらい?」
「じゃあ私、ちょっと素振りしてくる!」
まるで春風が吹き抜けるように、望美は髪をなびかせて走り去った。
「あ、もしかして先輩に何か用があったんですか?」
後姿を見送った後、少しあわてて譲が尋ねた。
「いえ、譲殿に夕餉の相談をしたかったのだけど……」
言葉を濁す朔を見て、譲は微笑する。
「ああ、俺たちが何をやってたか、ですね。ちょっと自虐的な遊びなんですけど、もしも帰れたら何をしたいか、ときどき話すんです」
「帰る……というのは、譲殿たちがもともといた世界に…?」
「ええ。向こうじゃなきゃできないことばっかり挙げて、懐かしむっていうか……いや、正確には違うな」
朔とともに母屋に歩きながら、譲は言葉を探した。
「俺たち、多分、……少し怖いんです」
「怖い…?」
不思議そうな表情の朔に、しばらく答えないまま歩く。
厨の裏口についたところで、ようやく譲は口を開いた。
「……ここでの生活に慣れてきて、何とかやっていけるようになって、もちろんそれは朔や景時さんのおかげなんだけど、このまま元の世界に帰るのをあきらめてしまうことが……」
朔の表情を見て、譲はすぐに言葉を継いだ。
「決して不満とかがあるわけじゃないんです。誤解しないでくださいね。俺たち、とても大事にしてもらっている自覚はあります」
「いいのよ、そんなこと気にしないで」
譲は静かに首を左右に振ると、朔を見つめた。
「いいえ、本当に心から感謝しています。でも、俺たちは……この世界の人間じゃありません。だから『いつか帰る』という気持ちは……持ち続けていたいんです」
「……そうね」
不確かな未来を必死でつなぎとめようとする努力を、責める気にはとてもなれなかった。
「ああ! だって、言い伝えでは龍神の神子は京を救った後、天に還るんでしょう? だったら少なくとも先輩は帰れるはずだし」
譲の言葉に朔はクスリと笑う。
「望美が帰るなら、譲殿も当然一緒に帰るでしょう? あなたが望美を一人で帰らせるなんて思えないわ」
「俺は、そうですね。それが許されるなら……」
譲の表情が微かに翳った。
「譲殿……?」
「いくら俺が八葉でも、この戦の世を最後まで生き延びられるかどうかはわかりませんから。先輩は絶対に守る。俺の最優先事項はそれだけにしておこうと思うんです」
「譲ど…!」
「じゃあ、今日の献立を考えましょうか。青菜と魚があるはずだから」
朔の言葉を遮るように明るく言うと、譲は厨の引き戸を開けた。
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