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真白き想い  ( 2 / 3 )

 



「ええ? お返しなんて、いいのに!」

「とんでもございません、我が君。
受け取っていただけぬようでしたら、我が胸は己の不甲斐無さに押しつぶされ、千々に砕けてしまうことでしょう。
どうか、我が君の広く深い慈悲の心を哀れなる僕(しもべ)にもお恵みください」

「もう〜、柊は口がうまいんだから!」

「仕方ない」という感じで手を差し出す千尋を見ながら、風早は必死で笑いをこらえていた。

あの柊の大仰な言葉も、彼女の中では「どうかご遠慮なさらずに」程度に翻訳されているのだろう。

そして実際、柊のほうもそういうつもりで話しているのだから、二人の会話は成り立っていることになる。

気の毒に、そばで見守る側近たちは目を丸くしているが。




「……これは……鏡……?」

しなやかな古代紫色の布の中から現れたのは、丹念に磨き上げられた銅鏡だった。

「はい。鏡は魔を祓い、邪の存在を持ち主に告げると申します。
我が君におかれましては、花のごとき可憐な顔(かんばせ)を映されるだけでなく、護身の役にも立てていただければと」

「すごい! ありがとう、柊! 大切にするね」

「……そのお言葉に勝るものはございません」

柊は恭しく頭を下げ、微笑んだ。




千尋から鏡を預けられた風早は、

「実は俺と那岐からもプレゼントがあるんですが、その前に姫をお連れしたいところがありまして」

と、小声で囁いた。

「? どこ?」

「今は秘密です。執務室を少し出られますか?」

「うん。風早が護衛に付いてくれれば問題ないけど」

千尋も小声で囁き返すと、風早はにっこり笑って「では……30分後に、執務室の出口で」と、鏡を持って部屋を出て行った。



* * *



「宮の外に行くの?」

「大丈夫、すぐそこまでですから」

あらかじめ話を通してあったのか、門を守る狗奴の兵はすんなりと千尋たちを通した。

「お気をつけて」

「いってらっしゃいませ」

深々と頭を下げられ、その横を通ってしばらくすると、千尋が頭をひねった。

「……なんか、あの人たち、ニコニコしてた気がするけど……」

「狗奴たちが? さあ、どうでしょうね」




二人で宮のそばにある丘に登る。

春の風が渡り、若緑色のじゅうたんにちりばめたように小さな花々が咲いていた。

その淡い色調の中に、濃藍の影が一人佇む。

「……!」

「じゃあ、俺は丘の麓にいますから。帰る時に声をかけてください」

千尋の肩を軽くぽんと叩くと、風早はウインクして丘を降りていった。

「……風早」

頬を染めながら背中を見送り、そっと背後を振り返る。




まるで地上に突き立てられた剣のように、忍人の後ろ姿は微動だにしていなかった。

もちろん、こちらの気配には気づいているはずだ。

そういえば天鳥船の堅庭でも、よくこうして露台に立つ忍人に歩み寄ったものだと千尋は思い出す。

厳しく冷たい言葉を投げられるとわかっていながら、近づかずにはいられなかった孤高の背中。

思えばあのころから、自分は忍人に惹かれていたのかもしれない。




「……わざわざ……足を運ばせてすまなかった」

手の届く距離に近づくと、背中を向けたまま忍人が口を開いた。

「いいえ。気分転換になりますから」

「……宮の中でも構わなかったのだが、ああいう場所にはあまり似つかわしくないので……」

忍人がゆっくり振り返ると同時に、何かをパサリとかぶせられた。

立ち上る花の香から、千尋はそれが花冠だと気づく。

「……やはり……似合うな」

「!!」

少し頬を上気させて微笑む忍人の顔は、これまで見たことがないほど柔らかく、優しかった。

千尋はしばらく言葉を失って、その表情にみとれてしまう。




「……これ……忍人さん……が……?」

ようやく口を開き、花冠に触れてみた。

「ああ、風早に言わせるとギリギリ合格らしい。それなりに練習したんだが、なかなかうまくはできないな」

「……あの、一度外して、眺めてもいいですか?」

「ああ、俺が外そう」

そっと髪から持ち上げられた繊細な花の細工は、千尋の手に収まった。

白を中心とする春の瑞々しい彩りが、丁寧に編み込まれている。

「……これを作っている忍人さんなんて、想像できません」

「そうか? 何ならもう一つ作ってもいい。君がいつか青い花で作ったものほど美しくはないが」

「! 覚えていたんですか?」




朝霧の中、鍛錬する忍人に届けた青い花冠。

自分の中に生まれた想いをどうすることもできず、夜明けの野で花を一本一本集めたあの日。

「ああ、よく似合っていた。だから、今度は俺が作って贈りたいと思った。
……とても三倍になっているとは思えんが」

「三倍?」

「! ……そうだ、これを夕霧から預かったんだった」

忍人は思い出したように、懐から白い紗布を取り出す。

光に透ける薄く軽やかな布地が広げられ、千尋の髪をふわりと覆った。

「この上から花冠をかぶせろと……。千尋? どうかしたのか?」

「…………」

紗布の上にゆっくりと花冠が載せられた。

千尋はただただ真っ赤になって黙り込んでいる。

「何かまずかったか? とても……きれいだと思うが」

「……こ……これ……」

「何だ?」

「……私のいた世界の……花嫁さんの格好なんです……」

「!!」


 

 
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