魔法のベルが鳴るとき ~忍人・譲編~ ( 1 / 5 )
どうか、無事でありますように。
どうか、苦しみませんように。
安らいでください。
幸せでいてください。
言葉は違えど、形は違えど、その想いは同じもの。
私たちは一途なものが好き
私たちは揺るがないものが好き
だから応えよう
ずっと同じことを願っている貴方の 貴方たちの想いに
愛しい子
祝福を
熊野という聖地が作用したのか。
あるいは生誕した日という力が作用したのか。
それは、突然起こった。
リーン ゴーン リーン
意識を、どれくらい失っていたのか。
目を閉じる前に見た人物は、目の前の顔に似ていた気もするけれど。
確かに違うと証明するように、その人物は彼と同じ声で知らぬ名を告げた。
「大丈夫? 珍しいね、忍人が居眠りなんて」
「忍人……?」
「ちょ、本当に大丈夫?」
声は自分のもののような気がするけれど、覚えのない風景。知らない名前。
「君、は?」
「まさか、忘れたっていうわけ?」
「ごめん」
見知らぬ景色、知らない相手。普通ならば夢と思うだろう。
けれど、今までの感覚で言うと。
「夢じゃ、ないよな」
「忍人」
「ごめん、俺、その忍人っていう人じゃないんだ」
頭に手をやり、深いため息をこぼす。
「譲、っていう、一介の高校生…」
「高校生!? あんた、現代人なのか!?」
衣装からして現代とは思えないから、通用するとは思えない単語を、それでも無意識に口にすると、目の前の人物は驚いて叫んだ。
その後、じっと譲を見つめる。
「確かに、忍人と違う、な」
「信じるのか?」
かつて入れ替わりを体験している仲間たちならともかく、まったく知らない相手がそういったので、逆に驚いた。
「忍人とは口調も雰囲気も違う。彼がこんな冗談をできるわけがないしね」
どんな人物なんだろうと、譲は内心不安になった。
もし、今までのような『入れ替わり』なら、その『彼』は望美の近くにいるのだから。
「それに、アンタの霊気が、微妙に違う。忍人なら戊(つちのえ)の力を持つはずなのに、その奥に庚(かのえ)の力を感じる」
その言葉に、目を見開く。
落ち着いてよく見ると、彼の霊力はとても強い。自分でも分かるほどに、澄んだ力。まるで白龍たちのように。
「で、それだけ落ち着いているってことは、この原因も分かってるってこと?」
そして気付いた。似た声を持つ仲間と、同じ力を宿していることを。
警戒心を見せながら問いかけてくる彼に、中身も似ているのかなと思いながら頷いた。
「信じられるか、わからないけど」
「大丈夫ですか?」
突如訪れた眩暈に目を閉じていたら、仲間の声が話しかけてきた。
「ああ」
と答えた後、彼にしては珍しい口調だと感じた。
「暑気あたりでしょうか。水を飲んでください」
「すまない」
何事にも関わるまいとしている彼にしては珍しい行動。
けれど、行動は口ほどではなく、世話を焼くことも知っているから、素直に答えて手を伸ばすと、驚いたような気配を感じた。
重いまぶたを、ゆっくりと開ける。
「君は、誰だ」
黒い布を頭からかぶった、自分と同世代か、年上らしい人物。
顔立ちと声は那岐に似ていた。
気も、似ている。
けれど、霊力が明らかに違うし、彼の瞳は茶色ではない。
何より、纏う雰囲気が違いすぎる。
「譲くん?」
「ゆずる……?」
怪訝に思い眉根を寄せると、背後から足音が聞こえて、警戒する。
けれど、すぐに慣れ親しんだ気だと気付いた。
「弁慶さん、どうですか?」
「それが」
親しげな声が聞こえ、もしや彼は彼女が新たに招き入れた相手なのかと思い、問いかけた。
「二の姫、彼は」
言いながら振り向いて固まる。
それは相手も同じようで。
「……姫?」
「っ」
自分が仕えている姫と違い、長い髪を揺らした彼女は、今にも泣きそうに顔を歪めた。
「つまり、魂が入れ替わったってこと?」
「かな。中身が入れ替わったって言ってたけど」
「なんか、落ち着きすぎじゃない?」
こんな目にあったっていうのにと、那岐が呆れるけれど。
「3回目だからね、開き直りもする。ただ、今回は仲間じゃないから、それが心配だけど」
「戻れるかどうか?」
「うーん。それより、俺と入れ替わってしまった彼が、どうするか、心配。
パニックになって、仲間と喧嘩したりしないといいんだけど」
望美をちゃんと守ってくれるだろうかと、心の中で呟く。
「忍人は礼儀や規律を正して弱者を守るタイプだから、大丈夫だと思うけど。
その分生真面目で頑固だから、この状況を夢や冗談じゃなく『現実』と受け入れられるかどうかだね」
「世界(場所)が違うのを見れば、信じざるを得ないと思うよ。鏡を見れば、確実だろう」
自分も最初は誰かのいたずらかと思ったけど、認めざるを得なかった。
「まぁ、現代の文明を見れば、いくら忍人が頑固でも、受け入れるしかないか」
「あ、俺が居たのは現代じゃないんだ。平安末期の、源平合戦の真っ只中って、わかるかな」
「はぁ!? 何でそんな時代に? アンタ、平成生まれじゃないわけ?」
「いや、生まれは平成なんだけど。ちょっとややこしい事情があって……まぁその平成から寿永――源平合戦の時代に流されたんだ」
「そんなこと、あるのか?」
「君だって、平成からここに流されたんだろう?」
どうみても現代とは思えない衣装を見て、譲がそういうと、那岐が肩を竦めた。
「僕の場合、こっちが故郷なんだけどね」
故郷と聞いて忍人の姿の譲が不思議そうにした。
けれど、祖母のようなケースがあるから、そういうこともあるかと思い、頷く。
「でも、なんでこんなに離れた人と入れ替わったんだろう。いままでは兄とか、八葉の仲間が相手だったのに。
属性も違うみたいだし、理由がわからないや」
「八葉?」
「ああ、えっと」
どう説明すればいいかなと思いながら、譲は自分が聞いた『龍神の神子』伝説を話し始めた。
とにかく落ち着けるところで話をしようと、見つけた東屋に入る。
無人らしいその建物は埃だらけだったけれど、体を休めるくらいはできた。
円を描くようにして座る。
譲――といっても、中身は違うのだが。彼の隣に弁慶、反対側に将臣、その隣にうつむくようにして望美が、さらに隣に慰めるようにして朔が付き添っている。
「忍人殿とおっしゃるのですね」
「ああ。ここに来る前に、眩暈を感じて目を閉じた。意識があいまいなときに、貴殿に声をかけられた」
考えてみればおかしな話だ。
目を閉じていたとはいえ、自分が他人の気配に気付かないなどと。
いや、近くに那岐が昼寝していたのは知っていたから、酷似した彼の気配には注意を払えなかったのだろう。
「一つ聞きたいのですが、その眩暈を感じたときに、鈴の音を聞きませんでしたか?」
「鈴?」
「はい」
息を殺すようにして、こちらの返事を待つ周囲の者たちに気圧されながら、忍人はゆっくりと考える。
「鈴かどうかはわからんが……不思議な音を聞いたな。カーンという剣を打ち合わせた音を長くしたような……いや、違う。もっと澄んだ音だった」
その言葉に、全員が顔を見合わせ、納得したように頷いた。
「落ち着いて聞いてください。君は今、その体の持ち主と入れ替わっています」
「は?」
言われた言葉に目を瞬かせる。入れ替わっている、といわれても、とっさに意味がつかめず、うっかり何を?と聞きそうになった。
「忍人殿は、いずれの御家中の武士であられるか」
かなりの緊張を伴いながら、ちょうど正面の位置にいる九郎が問いかけた。
「武士?」
「貴殿は、武人とお見受けしましたが」
言葉を引き継いで、景時も居住まいを正す。
言葉遣いといい、体の動きといい、明らかに武人、それもかなり腕が立つ部類だ。
彼がどこの家に所属するかによって、対応が変わる。自分たちが知らず、そして自分たちを知らないとなると、平家側の可能性が高い。
中立である熊野や平泉ならいいけれど、平家だとしたら彼の身の振り方も問題だが、譲が心配でもある。
「確かに俺は軍を率いているが、武士、とは?」
「軍!?」
「それなのに、武士ではないと…?」
景時と九郎が驚いた声を上げる。
武士ではないというよりは、武士という言葉自体不可解といった様子だ。
混乱する同朋に代わり、弁慶が問う。
「国はどちらか聞いても、差しさわりはありませんか?」
「そうだな。お前たちは敵軍ではなさそうだ」
こくりと頷き、忍人が――譲の姿の青年が居住まいを正した。
「俺は葛城忍人。中つ国の二の姫の下で将軍を務める」
「将軍!?」
「……中つ国?」
忍人の立場に気を取られる仲間たちをよそに、隣にいた将臣が、国の名前に反応し、ぶつぶつと考え込んだ。
「中つ国……トールキン、なわけねぇよな。ってことは、古事記か日本書紀……豊葦原中国、か」
「将臣くん? どういうこと?」
「記紀の中つ国っつーと……近畿か中国か…それとも…」
「将臣くん、譲くんの居場所が分かったの?」
「時代はいつだ? 古代の中つ国…時代的にも地域的にも、範囲が広すぎる。姫に軍――身分があるってことは弥生時代以降か?」
「那岐や二の姫が風早とそのような言葉を言っていたが、お前も違う時代から来たのか?」
「って、あんたのところにも、流されたやつがいるのか?」
忍人の素性よりもそのことに驚いて、将臣が問いかけるけれど。
「将臣くん、説明して!」
後ろで無視されていた望美が拳を振り上げ、勢い良くおろした。
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