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リュミエールさまのお誕生日 ( 2 / 2 )

 



「ちょっとお! あんた自分が何言ってるかわかってるの?!」

「……」

ある意味、光の守護聖とよりも鮮やかな対照をなす、夢の守護聖と闇の守護聖がにらみあっていた。

「みんなリュミちゃんに喜んでもらおうとして一生懸命準備してるんだよ。
肝心のあんたが出なくてどうするのさ」

明日は5月3日、誕生日当日である。

最後の確認に執務室に立ち寄った夢の守護聖に、闇の守護聖が投げ付けた言葉は「出席する気はない」だった。

「…別に、私が出ずとも支障はなかろう」

「あるわよ! 何でだか私には想像もつかないけど、リュミちゃんにとってあんたは最重要人物なんだよ! 
欠席されちゃパーティが台なしじゃない!」

腰に手をあてて立ちはだかるオリヴィエは、まるで怒れる孔雀だった。

それをあっさりと無視して、闇の守護聖はつぶやく。

「…ならばやめればよい」




通りがかったオスカーが止めていなければ、オリヴィエの長いツメは確実にクラヴィスの顔面に突き立っていただろう。

一顧だにせずに立ち去る漆黒の影を見送ると、夢の守護聖は決意したように言った。

「こうなったら明日はあんたと私とランディで、縛り上げてでもクラヴィスを会場に連れていくんだよ」

「おい! 俺を巻き込むな!」

かなり真剣なその訴えは、オリヴィエの耳には届かないようだった。



* * *



「「招待状を突き返された!?」」

パーティの幹事であるルヴァの部屋に、夢と炎の守護聖のきれいなユニゾンが響く。

先ほどの怒りがようやくさめかけた、同日深夜である。

「もちろん、パーティがあることはとっくに伝えてあるんですよ。
でも、何と言っても主賓ですからねえ。
今日、正式な招待状をメッセンジャーに届けてもらったんです。
ところがリュミエールの館にいたのが」

「まさか」

「あの方か」

「そうなんです。あんな大きくて黒い人に『…帰れ』と言われたらねえ」

「あの暗黒大魔神、自分が出ないだけでなくリュミちゃんの出席まで阻もうっていうの!? 許せない!!」

夢の守護聖は憤然と立ち上がると、そのままルヴァの部屋を出ていこうとした。

「ま、まあまあオリヴィエ、もう夜も遅いですし」

「そ、そうだ! 深夜のクラヴィス様なんていつもの5割増しで怖いぞ」

取りすがる2人をひきずって、100メートルほど歩いてからオリヴィエは歩みを止めた。

「わかったわよ! じゃあ、あいつが絶対に徘徊しない時間、早朝にリュミちゃんところに行けばいいんでしょ!」

「あんまり早いとまだ夜の続きでいらっしゃるんじゃないか」

「そんな、吸血鬼か何かみたいに……」

微笑みながらとりなすルヴァの額には、しっかりと汗が浮かんでいた。



* * *



小鳥のさえずりが聞こえる早朝。

夜遊び派の2人の守護聖と、徹夜の読書も珍しくない、やはり夜型の地の守護聖は、そろって水の館に歩を進めていた。

「珍しくこんなに早起きしたのに、クラヴィスと鉢合わせしたりしたら目もあてられないわね」

「ああ……だが……何だか限りなくそんな予感が……」

「しますねえ。絶対にドアを開けるといるような……」

ギ~~~ッと、今日だけは化け物屋敷のようなきしみを上げて開いた扉の先に、果たして、夜の闇をまとった人物はたたずんでいた。

「……帰れ」

「「「で、出た~~!」」」

予想どおりとはいえ、今日の闇の守護聖の不機嫌度はいつにも増して高い。

その分、醸し出す迫力も桁違いである。

「ち、ちょっとクラヴィス! いい加減にしてよ! 
何の権利があっモゴモゴモゴ」

突然闇の守護聖が長い腕を伸ばし、オリヴィエの口を塞いだ。

そのままグイグイと3人まとめて玄関から押しだし、後ろ手にドアを締める。

「……今日は1日、この館に近づくな」

やっと離した手を今度はオリヴィエの顎にあててグイッと引き寄せる。

「……特にお前は」

「な……!?」




「クラヴィスさま……?」

その時、かすかな声が扉の中から聞こえた。

「……よいな」

低い声で念を押すと、闇の守護聖はゆっくりと背を向けた。

その後ろ姿にルヴァが呼びかける。

「クラヴィス、私が会うのもいけませんか?」

静かに、暗い瞳が向けられる。

ルヴァはまっすぐにその顔を見つめた。

「……来るがいい」

「ルヴァ?!」




炎と夢の守護聖ににっこり微笑むと、「ちょっと待っててくださいね」と言い残して地の守護聖は扉の中に消えた。

後には、静かな早朝の風景だけが広がっている。

ふーっと大きなため息をついて、オスカーがつぶやいた。

「まったく、いったい何だって言うんだ」

「ああ……でも、何となくわかった気がするよ」

乱れたルージュを直しながら、オリヴィエが答える。

「あ~あ、クラヴィスの手のひら、きっと真っ赤だよ。
どうやってリュミちゃんに言い訳するんだか」

「おい、1人で納得するんじゃない! 俺にも理由を教えろ」

声を荒げる炎の守護聖。

それを横目で見ながらコンパクトを閉じると、

「じゃあこっちにおいでよ」

と腕を取り、夢の守護聖は森に踏み込んでいった。



* * *



「結局ですね、リュミエールのことを一番わかっていたのはクラヴィスだったんですよ」

香り高いハーブティーを口に運びながら、うれしそうにルヴァが言った。

リュミエールの誕生パーティが開かれるはずだった庭園で、水と闇の守護聖を除く全員がテーブルを囲んでいる。

「いったいどういうことなのだ、ルヴァ。結論から述べぬか」

口を挟んだのはジュリアス。

落ち着き払った地の守護聖と、これまたしたり顔の炎と夢の守護聖の様子に、少し苛立っているようだ。

「あ~、結論から述べたつもりなんですがねえ」

微笑みを浮かべたままルヴァが続ける。




「私たちがお誕生日の用意に夢中になっている間、クラヴィスはずっと、難しい任務に立ち向かっているリュミエールを気遣っていたんですよ。
水晶球を通して、様子もある程度つかんでいたのかもしれません」

「そのようなことがなくても、あやつは日がな水晶球を見ているではないか」

「ジュ、ジュリアスさま」

オスカーが光の守護聖の肩に手をおいてなだめる。

「1日にリュミエールが帰還したとき、次元回廊で迎えたのもクラヴィスでした。
私たちは執務中でしたから、席を離れられませんでしたけどね」

また何か言おうとする光の守護聖を、今度はオリヴィエがおしとどめた。




「3週間の任務は、ずいぶんとつらかったようです。
やつれ果てて戻ったリュミエールを見て、クラヴィスはとにかく休ませようとしました。ところが」

「そう。私たちが楽しみにしている誕生パーティが待っていたのよね」

アイスハーブティーのストローをもてあそびながら、オリヴィエが言い放つ。

少し自嘲気味なのは、水の館にいくまでそのことに気づかなかった悔しさゆえかもしれない。

「ええ、そうです。ああいう性格の人ですからね。
無理をしてでもパーティに出て、みんなに楽しんでもらおうとするでしょう。
それでクラヴィスは、パーティを中止させようとしたんです。
いえ、正確には中止したことにしたんです」

「リュミエールに偽りを告げたと言うのか」

眉を上げてジュリアスが問いかける。

「ええ。とっても不器用な方法でね」




ガタンと椅子を蹴って夢の守護聖が立ち上がる。

「まーったく、クラヴィスのやり方って、思いやりと怠慢さが絶妙に入り交じってるのよね。
あの人、リュミちゃんに『自分のせいでパーティが中止になった』って思わせないよう理由をでっちあげたのよ」

「ええっ? でも、事情さえ話していただければ、僕たち何とでもしたのに」

緑の守護聖が驚いて口を挟んだ。

「馬鹿か、てめえ。
クラヴィスがそんなことオレたちに頼んでいる状況を想像できるか?」

「……ううん」

ゼフェルに言われて、マルセルはおとなしく口を閉じた。

守護聖一同、闇の守護聖の面倒くさい性格にあらためてため息をつく。

説明する替わりに脅して回るのだから困ったものである。




「で? ルヴァ、私はいったいどんな病気にされたの? 
それとも出張か何か?」

オリヴィエがヤケ気味に尋ねた。

今朝の態度から言って、自分がその「理由」にされたのは明らかである。

どうせ「あの者抜きでパーティなどしては一生恨まれることになる」とか何とか言ったに決まっている。

それが事実だけに、よけい面白くなかった。

「あ~、それがですねえ、クラヴィスは体調が悪いとしか言ってなかったみたいなんですよ。
でも、リュミエールがあんまり心配するものですから、つい…」

「つい? ちょっとルヴァ、あんたいったいリュミちゃんに何言ったのよ」

「あ~、それがですねえ~」



* * *



2週間後、すっかり回復した水の守護聖を囲んで、あらためて誕生パーティが開かれた。

花束や画材、楽器や美しい布といったプレゼントの数々よりもリュミエールを喜ばせたのは、「物もらいとジンマシンと吹き出物でメイクアップできず、部屋にずっとこもっていた」オリヴィエが出席してくれたことだった。

「本当に、あなたの体調が戻ってよかったです」

微笑む水の守護聖の後ろで、荒れる夢の守護聖をなだめるため連日メイクや着せ替えにつきあわされた緑と地の守護聖が、力なくうなずいた。

5月の空は晴れ渡り、聖地は今日も美しく輝いていた。




水の守護聖さま、お誕生日おめでとうございます。





 

 
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