くしゃみ ( 3 / 4 )
翌朝。
朝議の場に忍人の姿は見えなかった。
「…? あれ? 柊、忍人さんは?」
「私の部屋で眠っていますよ。たいそうな発熱でしたから、遠夜に強い薬を調合してもらったのです」
「熱?! え? 病気だったの?」
「ああ! あれですね」
急に風早が声を上げた。
「あれ? あれって?」
2人だけで納得している風早と柊の間に入り込むと、千尋は尋ねた。
「ああ、すみません、千尋。俺も離れて長いので忘れていましたが、忍人は子供のころ、突然高い熱を出すことがあったんです」
「派手なくしゃみが続いた後に必ず……ね」
そう言った柊を、千尋は思わず見つめる。
「柊、気づいていたの?! だからわざわざ寝室で寝かせたの?」
「ええ、我が君。あのくしゃみを聞いて思い出しました。もっとも、14歳になるころには熱も出なくなっていたのですが…」
突然、クスクスと風早が笑い出す。
「風早?」
「いえ、初めて忍人が熱を出したときのことを思い出して…」
「ああ、師君のところに来て間もなくでしたね」
柊が目を細めてつぶやく。
「最初の犠牲者が羽張彦で、次が風早。そして3番目はなんと私…」
「え? 何? 何があったの?」
千尋の質問は、いっせいに入室してきた朝議の参加者たちのざわめきに消されてしまった。
「後でお教えしますよ、我が君」
柊は必要以上の至近距離で囁くと、定められた席に歩いていった。
* * *
「こんなの全然教えたことにならないよ」
ブツブツ言いながら、千尋は柊の部屋に急いでいた。
手に抱えているのは遠夜が調達してくれた果物と、竹筒数本に入れた水。
(「長丁場になりますから、ご自身で召し上がられる分もお持ちください」)
柊の声が甦る。
(「千尋、ちゃんとトイレも行っておくんですよ」)
なぜかおかしそうな風早の声。
「もう~! 肝心なことは全然教えてくれないんだから…!」
とにかくこれだけの荷物を持って、忍人の所に行くよう言われたのだ。
何が長丁場で、何が大変なのかさっぱりわからない。
ただ、忍人の看病をしたいという千尋の願いは、幸いあっさりと受け入れられた。
「……なんか、2人が面白そうにしてたのが気に入らないけど」
自分を送り出した兄弟子たちの笑顔が、妙にチラチラと思い出された。
部屋の扉が近づいてきたので、歩調を緩め足音を抑える。
「ぐっすり眠っている」という柊の言を信じて、ノックをせずにそっと扉を開けた。
窓から射し込む穏やかな光の中、忍人が目を閉じている。
少し紅潮した頬と、汗ばんだ額。
呼吸も苦しそうだ。
だが、そんなことがすべてかすむほど、千尋は驚いていた。
(うわあ…! 長い睫毛! まっすぐな鼻筋! なんてきれいな顔……!!)
考えてみれば、忍人の顔をこんなにじっくりと見つめたことなど今までなかった。
睨まれたり、呆れられたり、小言を言われるたび、反論したり落ち込んだりするのに忙しくて、顔立ちなどロクに目に入らない。
彫刻のように整った顔をまじまじと見ながら、とんでもなくきれいな人だったんだと千尋は驚嘆した。
「う……」
人がいる気配を感じたのか、忍人の表情が少し動く。
(しまった! 忍人さんは視線にも敏感なんだ)
千尋はあわてて視線を逸らすと、顔を赤くしながら寝台の横の椅子に腰を下ろした。
しばらくじっと天井を見つめ、やがてそ~っと頭を巡らす。
表情は元通りになっていた。
(よかった。起こしちゃわなくて…)
胸を撫で下ろし、あらためて寝台全体を見渡す。
すると、掛け布の下から忍人の手がはみ出ているのに気づいた。
(暑いのかな? でも、汗をかかないと熱が下がらないし)
多少寝苦しくても我慢してもらわなければと、千尋はそっと手を取り、布の下に戻そうとした。
そして次の瞬間、兄弟子たちの言っていた「犠牲者」の意味を理解した。
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